2015.02.

「昔話」

 近頃テレビで頻繁に耳にする「桃太郎、金太郎、浦島太郎」。
昔話のコマーシャルではありません。
ある時は浦島太郎があけた玉手箱からなにやら見慣れぬ機械が出てきたり、キンタロウのことをカネタロウと呼んだりしていますが、このパロディは元のお話をみんなが知っているという前提で作られているのです。

 さてみなさんこの登場人物のでてくる昔話、きちんと覚えていますか?
いつだったか、子育て現役を過ぎた、言ってみればおばあちゃん、おじいちゃん世代の方々にお話をさせてもらったことがありました。
その時、昔話覚えていますか?とお聞きすると、みなさん嬉しそうに
「うん、うん」
とうなずかれたので、
「昔々、あるところにおじいさんと、おばあさんが住んでいました。
 おじいさんは?・・・?」
と振ると口々に
「山へ芝刈りに、あばあさんは川へ洗濯に・・」
と続けられます。
「そうですね、で、おばあさんが川で洗濯をしていると、向こうの方から桃が流れてきたのですね?
 なんといって流れてきましたか?」
この問いに、会場はあっという間におしゃべりの場になりました。

 隣の人と
「どんぶらこ、どんぶらこよねー」
「いいや!ウチのところでは、どんぶらこっこすっこっこ〜やった」
「うちのお母ちゃんはただのどんぶらどんぶらって言ってた!」
「つんぷく、かんぷくじゃない?」
話は桃の流れ方だけではなく自分の故郷の話や、お母ちゃんの思い出やら、あの頃、本はなかったからばあちゃんに聞いたなど、どんどん昔話の源流に戻っていきます。

 誰に、いつ、どんなところで、話してもらったのか?
物語の細々した筋よりも大切なことは誰かから語りであれ、本の読み聞かせであれ、手渡されたという記憶とその共有こそが人間の文化を形づくっているよう思いました。

 さて、私の記憶といえば、父のあぐらの中で
「どんぶらどんぶらどんぶらこ!」
と揺すられながら、桃太郎の自分があぐらの桃の中からパーンと飛び出す機会を待っていたことです。

 今のテレビでしか、「桃太郎、金太郎、浦島太郎」をしらない子供達が、おじいちゃん、おばあちゃんになった時どんな風にこの昔話を子ども達に話してくれるのでしょうね。

 記憶が曖昧な人は是非絵本や昔話の本を読んでみましょう。

 いや、それより今の子ども達に聞いてみたいな。
桃はどんな風に流れてきたの?




横山眞佐子











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