2012.01.

「せー、は何語?」


 九州新幹線。新しいホーム。
仕事で移動中の私は、ねえやの里帰りのような大荷物を詰め込んだキャリーバックをひきずって、エレベーターの入り口に向かう。

 突然、傍らで「コー」「コクぅー」という聴き慣れない声。
ん? と声の方を向くと、バギーに乗った赤ん坊。
1歳ちょっとくらいだろうか。
ピカピカの自動販売機を指差して語っている。
ほぉー、こくぅーねぇと感心しながら、いっしょにエレベーターの方へ。

 すでに待っていた人たちといっしょにエレベーターに乗り込むと、箱の中は、満杯。
でも、メタリックな四面の壁は、なんだかシャープな雰囲気で、さほど重い印象はない。
その時、バギーの中の赤ん坊が天井を指差し「セーッ」と叫んだ。

 みんなつられて天井を仰ぎ見た。LEDの青白いヒカリが、私達の頭上を照らしていた。
な〜る…とうなずきかけた私の横で、バギーの君の母上がひと言。

「せまいのはしかたないでしょ!がまんしなさいっ」

 え〜、せまいのセーッじゃないんじゃないの???

 あの人工的な青白いヒカリを身体に浴びた感覚を即座にサ行で表現したわが子の世界の豊かさに、おかあさん、気づけばもっと楽しいのになぁ。

 意味に頼らないちいさな人たちの音への信頼に、心揺さぶられることはたびたびある。
日本語の母音と子音の組み合わせを全身で感受している彼らが「意味」と引き換えに手放していくものは大きい。

 『ねだんのえほん』(くもん出版)というおもしろい絵本がある。
見開き左ページに次々車が登場し、その値段が右ページに堂々と数字で示されていく。
スポーツカーやクレーン車、バスとページはめくられ、圧巻は、
「きゅうきゅうしゃ しろい 17,000,000円」
「しょうぼうじどうしゃ あかい 170,000,000円」

「うわー、ひとけた違うんだ!」
と大人は驚くが、子どもは「しろい/あかい」の違いだけで充分な様子。
ここでは、子どももすでに「意味の世界」に踏み込んでいるが、その意味はやはり、大人よりはるかにゆるやかで大きい。

 「セーッまい」のはだれだ? と思わずつぶやいた出来事でした。


「くるまのねだんのえほん」
くもん出版 840円


村中李衣













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