2012.07.

「へぇ、そんなふうに読むんだ」


 今週の火曜日、夕方6時過ぎ。大学の図書館に行ったら、何人かの文学部学生が床に座り込んで、絵本を読んでいる。

 おぉ、そうだった。明日は、ペアで読みあいをする日。
みんな、ペアに読んで聞かせる絵本を選んでいるわけね。
80人近い受講生たち。
読みあいペアの中には先輩と後輩、今まで口なんて聞いたことのない者同士、どう考えてもこれから先接点があるとは思えない者同士、いろいろいる。

「やばいっすよ。みつかんないです」

 4年生の真面目なK君が、私の方をちらりともみずに、本棚から抜き出した絵本の山にうずもれるようにして唸り声をあげた。

「どんな絵本をさがしてるの?」

「相手の子は、おとなしいけれど、どうも、自分をはっきり持っている感じで、それでいて、ちょっとさびしそうで・・・
 あんまりちゃらちゃらした絵本とかは好きじゃないような気がするんですよね。」

 K君のペアがだれなのかは知らないけれど、その子に届けたい思いはしっかりと定まっているようだ。

「だいじょうぶ、こんなに真剣にあなたが自分の時間と心をその子だけのために傾けているんだもの、そのことが相手に嬉しく伝わらないわけないよ」

 私が何を言ってもK君は納得しないでいる。
これだ! と1冊を決め切れずにいた。

 さて、翌日。教室に行くと、あら驚き! 受講生がひとりも休まず教室に来ていた。
それも、相手へ届ける絵本をちゃんと1冊ずつかばんの中や机の中に隠し持って。

 いたいた。K君もいた。私と目が合うとちょっと心配げに、にこっ。

 始まった読みあいは、気持ちの渡し合いがやわらかに行き交う気持ちのいい時間だった。

 K君が選んでいたのは『ベンのトランペット』。
貧しい街の片隅にあるジャズクラブのトランペッターと少年の音楽を通した心の通い合いが静かに熱く語られる絵本。
K君のペアは2年生の女子学生だったが、K君がページを開くと、釘づけになったように、モノトーンの画面に見入った。
そして、K君が読み終わると「ありがとう。ありがとうございます。」と言った。
それから「こういうの、うれしい」とも。
彼女のいう「こういうの」が、絵本の内容のことを意味するのか、こんな風に自分に見合う絵本を探し出してもらえたことを意味するのかはわからなかったが、Kくんはこのひとことを聞いた瞬間にようやく「僕の探していた絵本はこれだ!」と思ったんだそうだ。
読みあいの後の記録に、そう書いてあった。
互いの存在があってこその読みあいなんだと、改めて思った次第。
ちなみに彼女がK君のために選んだ絵本は『コーネリアス』。
理由は、ふふふっ、想像してみてくださいな。

ベンのトランペット
レイチェル・イザドラ作・絵
谷川俊太郎訳
あかね書房 1470円
コーネリアス
たってあるいたわにのはなし

レオ=レオニ作
谷川俊太郎訳
好学社 1529円


村中李衣













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