2013.06.

「これではいけません」


 自分の失敗談で恐縮ですが、免許証を失くしました。

 金融機関の窓口で身分証明のために免許証を提示するよう求められ、車のコンソールボックスを開けたら、あらら? ない。
免許証、ない、ないない、なんで?

 なんでといいたいのはこっちです、とばかりに窓口嬢に睨まれ、作成した書類はパア。
おまけに、そのあと高速で大学まで突っ走る予定だったのに、どうしよう…車に乗れないやん!

 まぁいっか、乗っちゃえ乗っちゃえ。
気づかなかっただけで、どうせここまでも免許証不携帯で乗ってきてた訳だし…と悪魔が囁く。
しかし、金融機関の隣が警察署だったのでビビッてしまった。

 それから毎日、友情や夫婦愛によりかかり、マイカーはお蔵入りの毎日。

 免許証の再発行手続きをするしかないのだが、これが曲者だった。
以下、地元の警察交通課との会話。

「県の交通センターに平日の朝8時半から9時半までの間に行って手続きをしてください。
 あ、念のために言っておきますが運転してきてはだめですよ。
 どなたかに乗せて行ってもらって下さい。
 もしくは歩いてきてください。」

「は? 歩いてですか?」

「ええ。即日発行ですが、お昼過ぎまでは待ってもらうことになりますね。」

「誰かに連れてきてもらってっておっしゃいましたが、じゃぁお昼過ぎまで待ってもらうってことですか?」

「いえ、帰りには自分で運転できますよ」

「へ? いったいどこに運転する車があるんです?」

 どう考えても現実味のない提案に、諦めて地元の警察署で再交付手続きをすることにした。

 ところがこれがまた、ひどい扱いであった。
どこで失くした? いつ失くした? 失くしたことに気づいたのはいつ? なぜ失くした? 最近違反したことはないだろうね? 免許証を前にも失くしたことはないだろうね?
「ごめんなさい、ぜ〜んぶ私が悪うございました」と手続きカウンターで平伏さねばならないような心境に追い込まれる。
そのうえ、「いいですか、ここで手続をすませたら、この先二週間は車を運転できませんよ」と念を押される。
わかってますってば。
もしかして、私のこと疑ってる??
気を取り直そうと、背筋を伸ばし、署内奥にあるトイレに向かって歩き出したら、大きな声で「どこに行くんですか!」と問い詰められた。
思わず「トイレです! いけませんか?」と大声で聞き返した。
「いけません」は「行けません」につながって実に陰湿なイメージだった。

 誰にでも失敗はある。
特に失くすという経験は、それだけで十分に悲しみと痛みを伴う。
失くしたことを上から目線で責めても余計に悲しくなるばかりで、生活改善の足掛かりにはならない。
もう二度と失くさない! と心に誓うきっかけは、不自由さと、不自由さをカバーして余りある他者の善意の両輪によってのみだ。

 これって、教育の現場でもいえる事かも。
失くした学びへの情熱を取り戻そうと集まるわが大学の学生たちを、ひとりだって悲しみに陥れる教室をつくっちゃだめだ。
心からそう思った。
そう思ったのはいいけれど、その教室に免許証失くして通えないのはもっとだめじゃん!
しっかりしろ、りえぽん!! と猛反省しているわたくしでありました。


村中李衣













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