2013.09.

「じぶんで」


 9月初め、沖縄県宜野湾市の幼稚園で、約80組のペア(親子ペアもあれば、地域のおじちゃんおばちゃんとのペアもあり)が、絵本の読みあいを楽しんだ。

 ステージの上にずらり並べられた200冊の絵本。
まずは、子どもたちにミッションが与えられる。
「いつもは、自分が読んでほしい絵本を選んでいたと思うけど、今日はペアになった相手のために、相手が喜んでくれそうな、そしていっしょに読んだら楽しいだろうなと思う絵本を選んでね」
「そのために、まずは、ペアになった相手としばらくお話してごらん。お話しながら、どんな絵本がいいかなぁと考えることができたらいいね」

 160の瞳が、いっせいに、ステージの上の絵本たちに注がれる。
それから、じいっとペアの顔をみる。
そして、ちょっと照れくさそうな会話が始まる。
毎日顔を合わせている親子ペアも、初めて出会うカップルも、<今日>という日のドキドキ感を新鮮な気持ちで味わっているのが会場全体から伝わってくる。

 「さぁでは、子どもたちは自由に1冊の絵本を選んできてください。選んだら、ふたりで好きな場所に行って読みあいをはじめてくださいね。1冊読み終わったら、次の絵本を選んで、また、自由に読みあいを続けていいですよ」

 子どもたちが一斉にステージに向かう。
パッとお目当ての本を手にする子、ゆっくりながめて大事そうに1冊を選びだす子。
2冊を手にとり見較べて、しばらく考え込んだ後「よし!」と言って1冊を得意そうに持ち帰る子。
何ていい光景だろう。
ついうっとり見とれてしまう。
80組がてんでに声をあげ読みあっているのに、よそのペアの声は全く気にならない様子。
濃密なふたりだけの物語空間が、そこここにできあがっていく。

 ふと、ひとりでにこにこしながら、会場全体の様子を眺めているお男性に気づいた。
胸ポケットに名前の刺繍があるジャンパーを着ておられたので、つい教育委員会関係の方かな?と思い「見学にこられたんですか?」と尋ねた。
すると、「いやいや、息子がまだ絵本を選んでくれているんです」。
え? そりゃたいへん! もうすでに15分近くたっていて、もうほとんどのカップルが1冊目の絵本を読み終えているのに。
ステージの方をみやると、確かにひとり、ずうっと首を傾げながら、絵本のまわりを行ったり来たりしている。
お父さんのためにさがすっていう課題がちょっと難しかったかもしれないな、と反省しながら、私はステージの方へ歩いて行った。
そして何気なく、ジャンパー父ちゃんの息子に近づき、「おとうさんは、何が好きかなぁ? 車とか、バイクとか…ほら、この写真絵本、ベトナムの街を走るバイクがいっぱいでてくるよ」などと、何冊かの絵本を紹介した。
すると彼は、ちいさなでんでんむしが、ひゅっと触角をのばすような声でつぶやいた。

「じぶんでえらべる。」

 ハッとした。そうだよね。
自分できっちりえらべることをちゃんと自分で信じているからこそ、みんながどんどん絵本を持ち去って行っても、ひとりここにいたんだよね。
ふりかえると、やっぱりにこにこ、息子の選んでくれる絵本を楽しみに待っている父ちゃんがいた。
その後もまだまだステージから戻ってこない息子をいとおしそうにみつめながら、ジャンパー父ちゃんはつぶやいた。

「あの子はこだわりの強いところがあるので、ひとより余計に時間がかかるけれど、ぼくのために選んでくれている大事な時間ですから、いつまでだって待てますよ」

 20分が過ぎたころ、ステージの上からパッと父ちゃんの方を振り返り掲げられた絵本があった。
父ちゃんが骨太の指でOKサインを作った。
ステージの上の息子もOKサインを返した。
息子は大事そうに1冊の絵本を抱え、父ちゃんのもとへ駆け戻って行く。
なんだか、胸が熱くなった。

 ところで息子が父ちゃんとふたりで本当にしあわせそうに読みあいをはじめた絵本っていったい何だったと思います?
 『ぼちぼちいこか』(偕成社)だったんですよ!




『ぼちぼちいこか』
マイク・セイラー 作 / ロバート・グロスマン 絵
/ いまえよしとも 訳
偕成社 1260円



村中李衣













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