2014.07.

「あそびましょ」


 学生の学び報告第2弾。今回はままごとあそびです。

 新聞紙をひと束ずつ持って集まった学生たちに「今日は今から5人グループで、ままごと遊びをしてもらいます。」と指示。
学生たちは「えぇ〜!」とどよめき。

「ままごと遊びは、最終的にこのゴールへ向かうというものではありません。
 役割を決めたら自然にお話が紡がれていくものです。
 劇ではないので、最初にストーリーを考えてはじめるものではありません。
 では自由に遊んできてください」

 学生たちは、なんだかわけがわからんというような表情で教室から出て行く。

 さて、このワークを実施するまで、学生はせいぜい新聞紙を敷物代わりに使うくらいで、あとは、役割を決めたら、こそこそもじもじと過ごすだけだろうと思っていた。
その事実を踏まえて、いろいろな文化的考察をする予定だったわけ。

 ところが、蓋を開けてみると、いきなり新聞紙をジャージャーびりびり裂いて、ブラウスを作り、背広を作り、カードリーダーを設置してカード払いOKの<テーラー○○>を開店するグループ。
店主役とデザイナーと売り子がさっさと決まって、残りのふたりが、おとうさんとおかあさん。「あなた、洋服買って〜」で物語を始めるチーム。
なぜか、大学のロビー前に陣取り、腹這いになった馬役の学生の背中に大きな三角形に固めた新聞紙のもぐさをのせて、みんなでそれを「がんばってー」と見守っている不思議なチーム。
「わたしたち、夜逃げ家族なんですぅ。つらいですぅ」といいながら、新聞紙を風呂敷代わりにして肩に背負い、キャンパス内を徘徊するチーム。
ワールドバザールだと言って、各自がてんでにいろんな国の人に扮し、お国自慢の食べ物を新聞紙で作って食べあっているチーム。

 まぁ、びっくりするようなアイデアでいろんなドラマを作って楽しんでいる。
そのバリエーションの豊かさと突飛さに驚かされるとともに、文字通りこれは、<ドラマ>であって、日常生活を写し取る「ままごと」ではないな、と思った。
裏を返せば、写し取るべきささやかな日常が虚ろになってしまい、刺激の強いフィクションの世界の方が彼らに近くすり寄ってきているのかもしれない。
最近のままごと事情として、昔はお母さん役があこがれの対象だったが今はペット役が一番人気だとか、ままごとの台所用品からまな板や包丁が消え、レンジでチンが主流だとかいうことは聞いていた。
でも、もっと根本的な問題として、大人たちが守り育てているはずの<家族の日常>から、子どもの目がそれているのではないか。
そのことに不安を感じながらも、楽しげに異空間を遊ぶ学生たちの姿に、ついつい笑ってもしまうのだった。

 こんな授業風景、たぶんこの大学では初めてだったんじゃないかなぁ。



村中李衣













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