2018.7.

「ぼくらのスターがやってきた!」


 鳥取に出かけた。図書館からの講演依頼だったが、旧友や、絵本を学ぶ熱心な現場の先生方との出会 いがあって、講演会の前後に子どもたちやお年寄りといっしょに絵本をよみあうことになった。そこで の、なるほどねえと思ったおはなし。

 鳥取駅に着くなり、状況もしっかり把握しないままかっさらわれるようにして、市内の保育園へ。案 内してくれたU先生が平成 28 年まで勤めていた園だとのこと。講演までの時間が押していたので、あい さつもそこそこに、絵本を抱えてU先生といっしょに、子どもたちの待つ部屋へ。

 ドアを開けた瞬間キャー!ギャー!と悲鳴のような歓声。「うっち~!」「うっち~じゃ!」「うっちー!」 「うっちうっちー!」。うっちーコールで部屋の中が興奮の渦。ぴょんぴょんとびはねる。U先生にだき つくかぶりつく。大好きな先生に思いがけず再会できた。大好きな先生が目の前にいる。それだけで体 中がいっぱい。部屋の中には、この幼いひとびとがめくってきたU先生に会えない450日分のカレン ダーが、いっきょに舞い飛んでいる。

 あっという間に450日のブランクを乗り越え幸せの記憶へと駆け戻れる子どもたちのしなやかさと U先生が彼らに注いできたまなざしの結びつきに圧倒され、こりゃあ、今は絵本を読んでる場合じゃな いよな、と思う。無理に絵本を読まなくても、このまんまでいいじゃない?でも壁際には今日の会を準 備してくださっていた園の先生方がずらり並んで「読んでくださいね」の動かぬ視線が・・・。う~ん どうしようかなぁ。迷いに迷った。結局、子どもたちといっしょにうっち~コールをしながら、「あのね、 ちょっとたのんでいいかなぁ?」と口を開いた。すると、興奮の踊りを続けながら子どもたちが「なに?」 とこっちを向いた。それで、「うっち~先生からみんなと絵本を読むとすっごく楽しいよって教えてもら ったんだ。私もね、楽しく絵本が読めるようになりたいから、力を貸してくれないかな?」と頼んでみ た。すると、「うんいいよ」「やってみな」という了解のまなざしが返ってきた。そうして、ちらりとう っち~先生の方を振り返り「そういうわけで、ぼくたち助けてやるね」といわんばかり。うっちー先生 も「そうしてやってくれ」のうなずき。こうして、子どもたちは自分たちで心の向きを変え、すんなり と1冊ずつの絵本の世界に入ってきてくれた。

 実際の絵本読みも愉快だった。『てじな』(福音館書店)の表紙を見ると「あ~、知ってるぅ!」。すか さず「それはよかった。よろしくたのむ」と手品師の声で言うと、ハッと自分の任務を思い出し真剣な 表情に。ページをめくり、まほうのことばを「あんどら~いんどら~、あらまんどら~」と唱えると「う んどら~!」「あらまんどら~じゃなくてうんどら~!」と必死に指摘してくれる。けれど、うなずきな がらなおも「あらまんどら~」と唱え続けると、しまいには、「しかたないなぁ~、ま、いっか」と自分 たちも大声張り上げ「あらまんどら~!」。それはそれは心晴れ晴れとした表情で。

 施設や学校を訪問して絵本を読むというような場合、遂行命令を自分にくだしがち。でも大事なのは 自由な空間の中で共に心を響かせ合うことだよなぁと再確認した次第。

 


村中李衣


















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