2018.2.

「こころとからだのしなやかな関係」


 下関の大学で「感性トレーニング」という半期の授業が終わった。心というつかまえどころ のないものの動きを追いかけるため、これまで注目してこなかった自分の身体に意識を向ける ワークをあれこれ試みた。ある時は、雑草の匂いをかぎわけ、ある時は何種類もの水を飲み分 け、ある時は目隠しで友人の手を探し当てたりもした。そして最後のワークは、 自分の身体のシルエットを描き、そこにクレヨンで色を塗るというものだった。「今まで自分 が体験した様々な出来事の中で今も心の中で解決できていないこと、もっとも辛かったことを 思い出したとき、自分の身体がどんなふうに反応するか、そこにある24色のクレヨンで描い てみてください。なるべく細かく思い出して描いてね」という課題に、意外にも学生たちは真 剣に取り組んだ。この授業を受けていたのは、文学や保育・教育とは無縁の、実学的な学びを 重ねていた学生たちで、私の話なんか彼らの心に響いているのだろうかと、たびたび不安に襲 われていたので、こんなシリアスな課題にどう向かい合ってくれるのか、内心ドキドキだった。 描き終わると、描いた身体の様子を、グループで伝え合う。ただし、どんな出来事だったのか を具体的に話す必要はない。

 教室に、半年の授業の中で、それまで感じたことのない静かな空気が流れた。ぽつりぽつり とした言葉ではあったが、だれもが、激しく塗りこんだ色や線を指でたどりながら、自分の内 側にある言葉で語っているように感じられた。

  さて、描いた全員のシート(無記名)を集めて持ち帰り、いつも相談に乗ってもらっている 漢方の先生に、それをお見せした。その結果、男子と女子では明確な違いがあり、特に女子学 生が色付けした部位は、若い女性に多い病気と一致していることが分かった。甲状腺、胸腺、 乳腺、子宮にあたる部分を斜線やぐるぐる渦巻で痛みや重ぐるしさとして表現している学生が 男子より圧倒的に多かった。それに、男子には一人もいなかったが女性の方は「涙」を描いて いるものが少なからずいた。

  感情の抑圧を身体が必死に受け止め支えている・・・それだけでじゅうぶんいじらしいでは ないか。今まで「多くの病気にストレスが関係している」ということをしばしば耳にしてきた けれど、その時には「ストレスにやられてしまう身体」という向きでしか捉えていなかった。 でも今回は違う。頭だけでなく、身体は「私の痛みを感じ支えようとしてくれている」。わた しをひとりにしないでいてくれる器なのだと実感した。身体は膨大なネットワークで細胞同士 が情報を伝え合っているから、心は脳だけでなく全身にあるのかもしれませんよ」と、分析に 協力してくださった先生はおっしゃった。

  生きている限り途絶えることのない喜びや哀しみをどこで受け止めるのか、それは一人ずつ に任されている。学校や書物やインターネットが教えてくれるものではない・・・そんなこと を振り返りの授業で話したら、学生の一人が「好きじゃなかった自分だけど、もう少しちゃん とつきあってみようかな」と感想を書いていた。

  自分の身体と最期までつきあえるのは自分だけ。自分と最期までつきあえるのも自分の身体 だけ。しなやかな関係を結べるようになってほしいし、私もそうなりたい。

 


村中李衣


















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村中李衣(むらなか・りえ)

児童文学作家
ノートルダム清心女子大学教授

絵本や児童文学を創作したり、
いろんなひとの絵本の読みあいも
20年以上続けている。


*** 著書 ***
『チャーシューの月』『行け!シュバットマン』(福音館書店)
『うんこ日記』(BL出版)
『子どもと絵本を読みあう』(ぶどう社)


読みあいについてはこちらをごらんください。













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