2017.5.

「ちんかんせんはゆく」


 勤め先から、山口の実家に戻るため、いつものように、岡山駅の新幹線ホームに立っていた。 連休前で、いつもより家族連れが目立つ。

 私の前に、赤ちゃんを抱っこしたおかあさんと、2歳くらいの男の子の手を引いたおとうさ ん。赤ちゃんはぐったりと身体をおかあさんにあずけ、眠りこけている。お兄ちゃんの方は青 いちいさな長靴でホームの白線をぴょんぴょん踏みつけ、興奮気味。

 そのうち、「まもなく、12番ホームに博多行きのぞみ?号が到着いたします」とかしこま ったアナウンス。線路のかなたに白い物体の気配がかすかに光る。

 「お、きたぞきたぞ。ゆうくん、新幹線きたぞ」おとうさんが、息子をさっと抱え上げ、耳 元でささやいた。つられて、私も、やってくる新幹線の姿を確かめる。

 まのびしたあひるさんの顔のような、新幹線のぞみの先頭車両が、ゆっくりこっちに近づい てくる。

 すると、おとうさんのうでの中の息子が「かわいいねぇ?。ちんかんせん、かわいいねぇ?」。 まるで、子猫や子犬を愛撫するような、甘いうっとりした声。

  そうか、白くてまるみをおびていて、こっちに向かって動いてくるものは、彼にとって、み んな「わんわん」もしくは「にゃーにゃ」と同じ部類のかわいい生き物なんだ。

 ところが、事態はまもなく急変した。不幸なことに私たちが立っていたのは11号車乗車口 だったのだ。つまり、かわいいはずのちんかんせんは、1号車からはじまり、凄まじい振動と 轟音を引き連れ、ぼうやの目の前をどこまでもどこまでも流れていく。さっきまでの満面の笑 みは完全に消え去り、彼は茫然とした表情で、新幹線の車体をみつめている。

  せっかく自分の内側に取り込んだはずの認識世界が、がらがらと崩れ去る瞬間をみた思い。 子どもはこんな風に、何度も何度も衝撃的な認識の塗り返しを重ねて「あたりまえ」の世界に 入っていくんだなぁ。なんだか、もったいないようなさびしいような妙な気持で、新幹線に乗 り込んだ。

 まだ字数が余っているので、ちょっとおしゃべり。子どもって、自分が「かわいいねえ」と いわれても、「は?あなた何言ってんですか?」というような表情をするくせに、自分より はるかに大きいゾウやらロバやら、時にはぐるぐる回るメリーゴーランドに向かって堂々と 「かわいいねぇ」と語りかけたりしますよね。あの慈愛に満ちた「かわいい」の源には、いの ちをもってひたすらに生きるものへの賞讃と共感と励ましがあるような気がします。大人が用 いるような上から目線ではなく、対等なまなざしがそこにあるのでしょう。

 新聞や雑誌に掲載される子どものつぶやきや詩を、「かわいい」とおもしろがるだけでなく、 彼らのまなざしに本気で学び直したいものだと、この頃強く思います。

 おすすめ こどものつぶやき集

 子どもの詩集「たいようのおなら」灰谷健次郎/編 長新太/絵 のら書房 1200円(税抜)


村中李衣


















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村中李衣(むらなか・りえ)

児童文学作家
ノートルダム清心女子大学教授

絵本や児童文学を創作したり、
いろんなひとの絵本の読みあいも
20年以上続けている。


*** 著書 ***
『チャーシューの月』『行け!シュバットマン』(福音館書店)
『うんこ日記』(BL出版)
『子どもと絵本を読みあう』(ぶどう社)


読みあいについてはこちらをごらんください。













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