女性受刑者対象にわが子に絵本を読む声を届けるプログラムの開発が始まったのは、2010年。15年間の試行錯誤、そしてその間わが子を思って精一杯1冊の絵本と向き合ってきた女性たちの数は約90人。彼女たちの声は、どれも「愛する」ことを恐れず一歩ずつ前へ向かう道を照らす光のようでありました。こうした道が男性受刑者にも拓かれ、足元を照らす光が灯ることをずっと願ってきました。でも、なかなか実行には至りませんでした。
けれど昨年、収監されている男性受刑者全員に向けた丁寧なアンケートが実施され、思った以上に「子どもたちへ向けてささやかでもいい、父親として何かをしたい」と思っている人が多いことがわかりました。また、親権を持たず養育費だけを払っている人たちにとっては実際に絵本読みの声を子どもに届けるということには、なかなか結びつかないかもしれません。「それでも、やってみたい」という希望者も想像以上に多かったのです。
そしてついに、日本で初めて、男性受刑者に向けたプログラムが開始されました。まずは試験的施行ということで、全3回のプログラムが始まりました。嬉しさ半分、不安半分。第一回目開始前、受講生一人ずつの背景や懸案事項が細かく伝えられ、それに配慮した座り方や本の並べ方をスタッフみんなでいろいろに話しあいました。選んだ絵本も、女性の場合と異なり「こんなちゃらちゃらした絵本はこっぱずかしくて」と引いてしまうことがないに、いろんなジャンル、いろんなタッチ、いろんな読みやすさのものを揃えました。出身地を考慮し、標準語の絵本だけでなくいろんな方言の本も加えました。男性が声に出して読むのに向いていると思われる詩の本も多めに入れました。
さて、いよいよスタート。目の前に並べられた真新しい絵本の数々に、全員心を引き寄せられていくのがわかりました。「へぇ~こんなにあるのかぁ」と感嘆の声をあげる人もいれば、「あ~、これ、母さんに読んでもらった覚えがある」とつぶやく人もいます。「わが子」との触れ合いを思い出す人と「少年時代」に戻っていく人。年齢もタイプもそれぞれですが、心を、ひとりぼっちの場所から解き放っているのはみんな同じだと感じました。私といっしょに絵本を読みあう時間は、警戒の必要もなく、指導も評価もありません。ただただ、自分の胸の内側にあるやわらかい部分に浸れる時間だったんじゃないかなと、終わってみて思いました。みんな子どもの顔をして聞き入っています。まるで私の声の向こう側を無邪気に散歩しているような感じです。90 分があっという間に過ぎ、「では、きょうはここまでにしましょうか」と言うと、自身の制服の胸をぎゅうっとつかんで、「あ~また、刑務所の時間が戻ってくる」とため息をつかれました。みんな、無言でうなずいていました。
規則正しく流れていく時間の中に「物語の時間」が入り込んだことを、彼らはこんな風に身体で感じているんだ、と胸が熱くなりました。
一昨日2回目のプログラムが終了し、額に汗まで流しながら、本気で絵本読みを自分のものにしようと格闘されている姿に打ちのめされました。このプログラムの意義を甘く考えていたのは私の方でした。3回目には録音が待っています。みんなで、全力で臨みます!
村中李衣
