ここ数か月にわたる激務が祟り、ひざを痛めた。そのひざをかばう軟弱生活によって、すっかり足腰の筋肉が弱まってしまった。退職を機に少しは体づくりをと、巷でよく聞く女性専用健康体操に通うことにした。たったの30分間のエクササイズだ。自宅の目の前なので、ちょこっと顔を出す感じで・・・と思ったのが間違い。行ってみると、そのちょこっとのために、女性たちの真剣な挑戦が部屋中に満ち満ちている。スポーツ選手とは異なる着こなしでスポーツウェアに身を固めた女性たちの集団。おなか、お尻、腕回り、そういうところに重い荷を載せた人々の、その荷を振り払おうとする決意の動きに圧倒される。ここで目指すは、自分の身体能力をどこまで伸ばせるかでなく、自分にまとわりついてるものをどれだけ捨て去れるかだ。(脂肪よ、どきなさい!)(お肉よ、あっちに行って!)の内なる叫びが、汗といっしょに飛び交っている。
気後れしている私のそばに、トレーナーと称する若い女性がすっとやってきて「ひさこさ~ん、だいじょうぶですよ~。うん。いい調子ですっ。その調子その調子!」。
柔らかながらも、間違いなく上から目線。こんなふうにべったりと励まされることは、いまだかつてなかったので、恥ずかしくて穴があったら入りたい。なのに、「はいそこで力入れてぇ~」「そうですそうです、いいですよ!」とまた激励。
65歳周辺は、こんな風に若者たちに優しく褒められ、長いあいだ苦労の道のりで拾ってきたものを歯を食いしばって捨てていかなければならないのだなぁと、思い知らされた。
疑問とか持っちゃいけないんだ。たじろいでもいけないんだ。素直に少しずつ捨て去り続けるんだ・・・それが坂道の転ばぬ降り方ってもんなんだ。
なあんて、もごもご考えていたら、背後から「たかはしさぁ~ん」と呼ぶ声が。ふり向くと、息子がお世話になった幼稚園の先生だ。「おなつかしいです」と話しかけてくださる先生を前に、孤島の老人から一気に保護者の顔に戻っていく自分がいた。
「卒園から30年もたつと、当時の子どもたちに街で会ってもわかんないです。でも、保護者さんのお顔はわかります。」と先生。親も子もおんなじ30年の時を経ているのに考えてみれば不思議な話だ。
歳を取るって、今までないがしろにしていたいろんなことに気づかされる。動く速度も問題を解決する能力も衰える分だけ、ものごとが染み入るまでの過程をじいっと見届けることができる。これをよしとし、周りをきょろきょろ見回し落ち込むようなことは慎むようにしようっと。
久しぶりに、家に戻って五味太郎の『からだのみなさん』(福音館書店)を声に出して読んだ。あぁなんか、すっきり。やっぱりこれが私流のエクササイズ、かな?
村中李衣