昨年夏から、捨てる作業に苦しんでいる。ミニマム生活だとか、断捨離だとか、最近はもてはやされているが、そんなスマートなもんじゃない。
岡山の大学を退職するため、アパートと研究室をひき払う。引越しピークのシーズンを避けるため、早めに片付けを始めた。なんもかんも、ぜーんぶ手作業足作業。ダンボール箱もひとつずつ、アパートと研究室別々に抱えて持ち帰る。中でもアパートの困難は、洋服達。買ったわけではない。礼節を重んじる校風に合う服を持ち合わせなかったために、おしゃれ名人の同僚先生から頂いた服が10 年分。どれもこれも手渡してくださった時の表情まで鮮明に覚えているので、捨てられない。さらに、食器と寝具は、母の介護で引越し準備どころじゃないだろうと、村田喜代子先生に嫁入道具のように一揃え譲って頂いたものだ。どうして捨てられようか。そして、大学の研究室には、思い出深い絵本の山。気づけばもう手に入らない絵本のなんと多いことか。あぁマーシャ・ブラウンさんが来日された時のサインだ、おっマークシーモントさんのために、この絵本の足跡を真似て、大学構内に案内シールを貼ったっけと、キリない思い出が溢れ、捨てられない。
今年に入ってからは、実家の片付けも始まったが、これまた、辛抱の良かった母が、ボタン一個、豆腐のケースひとつまでとっていたので、そりゃあもう、おおごと。決心して捨てても、いやいややっぱりと、また思い直して拾いにいく。「こんなん、いつ使うんだ!」と家族に叱られるたび、使うものだけで私の人生はできていないんだよと、泣きたくなる。いったい私はなんでこんなに捨てることが辛いのか。どうやら私の場合、捨てるということは、私が捨てられることと繋がってるらしい。要らない、という判断そのものが怖いのだ。遡れば幼少期の母に見捨てられるのではないかという恐怖に行き着く。その後のどんな大きな愛情をもってしても埋められない深い穴。拾い続けるのもしんどいが、振り捨てて歩くのも難しいなあ。
村中李衣