エッセイを読む

2020年05月

それでも春はうごめいている

 人に会う機会が極端に減っているので、書くことがないんですよねぇ、と言おうと思ったが、だだっ広い農園の中に建てた小屋で寝泊まりするようになって、人間以外の生き物たちとの出会いが、実は増えている。洗濯をしようと勝手口のドアを開けるとフェンス越しにタヌキ。結構大きい。こっちを見ている。一瞬ドキリとするが、タヌキの方は、警戒する様子も威嚇の様子もなく「あんただれ?」みたいな表情でじいっとこっちを見ている。ふと、こどもの広場でお笑い劇をやらせてもらった那須正幹さんの『ばけばけ』(ポプラ社)を思い出し「そのせつはどうも」と言ってみた。その瞬間、タヌキの耳がぴくっと動いたから、たぶんその声は聞こえたんだと思うが、ふっと鼻でかすかな息を吐くと、そのまま堂々と去っていった。「あのう」と呼び止めたが、一度も振り向いてくれなかった。

 その次に面白かったのが、ツバメの若夫婦。巣作りのため、毎朝日が昇るとものすごい勢いで玄関(というほどのものでないが、いわゆる入口)めがけて飛んでくる。ツバメの巣作りを歓迎する声をたくさん聴くが、入り口に巣をかけてもらうのだけは勘弁願いたく、毎年アルミホイルの短冊を吊るしたり壁につるつるのガムテープを貼ったりと、苦労している。まぁ、りえさんったら優しくないのね、と言わないで。できた巣を壊すわけにはいかないので、別の場所に移動してもらいのだ。すると、今年は連れ合いのとらさんが、「鳥よけ磁石」なるものをみつけてきて、天井に2個も吊るした。「この磁石はすごく強力だから、ツバメも磁力で方向感覚を惑わされて近づけなくなる」と胸を張った。ところがだ、翌日様子を見ていると、確かに一直線に飛んできたツバメ、一瞬羽の動きを止めて磁石をみつめているようではあった。そして、ぱたぱたと飛び去っていった。「ほうれみろ」と満足げなとらさん。ところが、もう一度、もう一度、と繰り返し磁石の周りまで来たツバメ、次の瞬間、さっと磁石の上にとまったではないか。麻紐で天井から吊り下げられている磁石はブランブラン揺れる。すると、麻紐の方にずり上がっていき、片羽だけを広げて自在にバランスをとる。まるで空中ブランコを楽しむかのような見事なアクロバット芸だ。そのうち麻紐自体に興味をひかれたのか、嘴でつつき始めた。さては巣作りの資材にしようとしているな。撃退よりも実験的価値を見出してしまった私は、2個の磁石をくっつけて磁力2倍にしてみた。さぁ、これでどうだ。すると間もなくまたやってきたツバメは、1度だけ磁石の周りを旋回した後、迷うことなく、また、ぴたん、ととまった。あなたさまの執着心には参りました。どうにでも好きなようにおとまりください。宿主は降参した次第。

 他にも、巨大ムカデに遭遇したり、土穴から出たばかりのふらふらスズメバチの女王を捕獲したり、定刻出勤定刻退社のクマンバチに感心したり、ウサギの夜更かしにあきれたり、書くときりがない。こういう命がけの勝負で毎日を生きているものたちとの対話は、一直線でわかりやすい。彼らの行動は、知れば納得がいく。裏の裏の意味を読むなどという必要がないので、危険も伴うがストレスは少ない。見渡せばこんな日々でも、出会いはある。

  

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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