エッセイを読む

2020年09月

回転木馬に乗って

先日、岡山県瀬戸内市民図書館で小学生と中学生対象の講演会とワークショップが開かれた。
「ことばは、キミの中で生きている」というテーマで、詩の絵本や短歌や俳句を味わった。子どもたちと直接会えるのも久しぶりで、ドキドキした。その中でのできごと。
今年2月にNHKEテレ「NKH短歌」で紹介された投稿歌の一首を取り上げた。まず、ホワイトボードに縦書きで、以下のように書いた。

(           )みたいに父母にまた手を振った回転木馬
                  東京都足立区 堂本明代

さあ、あなたなら、この(       )の中にどんな言葉を入れるかな?大事なことは、この歌の作者が書いた言葉を当てるクイズじゃなくて、あなたならどんな言葉を入れたいかを考えるってことだよ、と伝えた。そのあとで、小さい人たちには、もう少し状況を説明した。「回転木馬、知ってる?乗ったことある?じゃあ、その木馬の背中に乗って、上がったり下がったりしながら音楽に乗って何回も回る様子を想像してみて。お父さんとお母さんが下で待ってくれていて、あなたは、ふたりに向かって、何度も手を振るの。手を振るその様子を、あなたは、なにみたいだって思う?」

さて、どんな答えが出てきたか。

風と答えた子・・・髪の毛やスカートのすそが気持ちよくなびく様子が目に浮かぶね
風車と答えた子・・・すごいスピードでくるくる回るみたいで、おもしろいね
王様と答えた子・・堂々としてこの世界の頂にいるみたいな得意な気分が伝わるよ
おひめさまと答えた子・・・うっとりするような御殿の庭で遊んでいるみたいだね
甘えると答えた子・・・まだまだ両親の前では小さい私でいたいのかな

・・・こんな風に一人ずつの言葉に耳を傾けていると、後ろにいた大人の参加者がそっと手を挙げて「さよなら」と言った。

―(さよなら)みたいに父母にまた手を振った回転木馬―
声に出して読んでみると、会場がしゅん、となった。何度となく繰り返される両親へのサインが、出会いでなく別れの挨拶だなんて。「さよなら」の淋しさに、みんなの心が揺れた。

「さて、ではこの短歌の作者はどんな言葉をえらんだのかを発表しようね」。会場のみんなが、息をのむ。私は、いったん目を閉じてから、ペンを握った。

―(さよならの練習)みたいに父母にまた手を振った回転木馬―

すると、子どもたちの間から、練習かぁ、と小さなつぶやきが聞こえた。練習でよかったっていうような、なんだかちょっとほっとしたような顔をしている。
ところが、後ろの大人たちは今にも泣きそうな顔。今じゃない、今じゃないけどその日は必ず来るってことですよね・・・。
去り行くひとと、見送る人の思いが交わる「さよなら」の場所。子どもでいられる時間の愛おしさと、大人として生きる時間の切なさ。両方を味わえた貴重な時間となった。

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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