今年も鹿児島メルヘン館での3回の創作講座が終わった。
ほとんどの人が生まれて初めての創作に挑戦。
はじまりは、こだわりのある、忘れられない幼少期の思い出を言葉にすることから。
ふつうはこれを素材として「起承転結」にまとめていくのだと思うが、そうやってしまうと、「結」に合わせて予定調和的に、物語が流れてしまう。書いていて自分の心が「幼少期の自分」を自由に解放してあげられないんじゃないか。そこで、転→転→転と、結末を見据えずに書けるところまで物語を動かしてみる。
どの人もこの作業がとっても不安で「どうやって動かしていいかわからない」という。ここが大事。思い出の顛末を語る自分の言葉を思い出して、ほんとうにそれしかなかったのか。もっと他にその出来事を捉えることはできなかったのか?もしその時にこんな~~を見つけていたら。もしそこに、~があったとしたら。ひょっとしてそこには~~~もあったんじゃないか。そんな風に考え始めたら、どんどんものがたりが新しく膨らんでいく。
3回目の講座では、全員が完成した作品を発表することができた。
子ども時代の思い出自体は似たようなものもあったが、そこから発展させていく転→転の過程には、思いもよらない想像力が発揮されていて、生き生きと楽しかった。
最後に一人ずつが講座の感想を言いあった。すると、たったひとり高校生で参加してくれていたAさんが、静かにでもきっぱりと語った。
「高校に入ってからわたしは学校でうまくほかの人とコミュニケーションがとれず、ずうっと苦しい思いでいました。創作講座に応募したのは、そんな息苦しさから抜け出して自分の居場所を見つけたかったからです。でも、参加して一番良かったことは、お話の書き方を学んだことじゃなく、自分が「~である」「~だった」と語ることは、その時自分はそういう見方をしたんだというだけのことであって、もっと他の語り方もある、自分がその時見たり感じたりしたことがすべてではないと知ったことです。」
その通り。あなたがあなたの物語を紡ぎだすということは、あなたの見ている世界触れている世界の重層性にひとつずつ気づいていく営みなのだ。そのことを体感してくれて、自分の言葉に置き換えて伝えてくれたAさんの賢さと勇気に、圧倒された。
創作するっていうことは地べたに足をしっかりつけてそこからどこまで飛翔できるか、どこでどんなふうに飛ぶ向きを変えられるか、自分を試してみるスリリングな作業。生きることから遠ざかった絵空事ではないんだと、みんなでうなずきあった三日間でした。
使ったテキストはこれです。『「こどもの本」の創作講座~おはなしの家を建てよう~』
『「こどもの本」の創作講座 おはなしの家を建てよう』
金子書房
村中李衣