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2020年01月

ぞうさんありがとう

 年賀状に、「今年は愉快な農婦をめざします」と書いたら、「りえさん、大学辞めるの?」という問い合わせと、「確定申告のことだよね。納付のミスタッチ?」と、思いもかけなかった反応があっちこっちから返ってきました。どちらにしてもご心配をおかけしました!そういうことでなく、宇部市小野にある3000坪ほどの果樹園を、仕事に追い詰められた時の逃げ道にするのでなく、もっとちゃんと土と対話しながら時を過ごしたいという思いを書かせてもらっただけでした。

 というわけで、年末からかなりの時間を畑で過ごしました。原稿を書く合間に畑を歩いて回ると、あれっ?キウイの樹の様子が去年の同じ時期と様子が違う。恐る恐る幹を触ると、こんなに自然音痴な私でもその異変が感じられました。ふくふくした、次の季節のためにエネルギーを内側にためている感じが、まったくないのです。もう立っているのがしんどいというような、かさかさの幹。そういえば、毎年ろくに手入れをしなくてもたくさん実をつけてくれるのに甘えて、この1年ちゃんと肥料をやっていなかった。ごめんよ、ごめん。このまんまじゃだめだ。どうしよう。そうだ、ぞうさんの力を借りよう!思い立って、ぞうのうんこをもらいに行くことにしました。前々から、徳山動物園では、園内で大量に出るぞうの糞をたい肥として販売していて、これが作物にとてつもなくいいと、知人が話していたのを思い出したのです。

 さて、トラックに乗って駆け付けた動物園。トラックで園内を巡るのは初体験です。虎やライオンにヤアと挨拶しながら目的の場所へ。そこに聳え立っていたのは、糞といっしょに藁や草を猛烈な勢いで乾かす金属製の装置。ゴゴゴッツフーン・ダザザザガッフーンと唸り声をあげる機械に見とれていたら、「はい、どうぞ!」と10キロ入りの堆肥袋が目の前にどんどん積み上げられていきました。30袋ほどをトラックの荷台に乗せて果樹園に戻ってきた時は、もうわくわくしすぎて抱え上げた袋ごと地面にすっ転んだほど。どう説明すればいいんでしょうか。つい昨日までは「ゾウ」とか「うんこ」とか、私に何の関係もない遠い言葉だったのに、今や私の腕の中、やんわりした感触でもってうちの果樹を救おうとしてくれている有難さ。リンゴやらバナナやらもしかしたらキウイも食べて、草も食べて、その排泄物がまた、土に潜り、キウイの樹や草を育てる…頭でだけわかっていたつもりの食物連鎖という言葉が、素直に染みてきました。一本ずつ、木のまわりに撒いていった堆肥は、おだやかでふかふかで、ちっとも臭いませんでした。撒きながら土の中と外を繋ぐ世界に招いてもらい、からだが緩んでいくのがわかりました。

 たった1回、いっちょ前の顔をして肥料をやってみたからと言って、何が変わるわけでもないでしょう。ほったらかしにしていたキウイたちが復活してくれるかどうかは、今年一年の「愉快な農婦」の暮らしぶりにかかっている気がします。ともあれ、樹一本とだって無責任にそのいのちと関わることはできないと教えてもらったことに、感謝しています。来年、年賀状を書くときに、わたしはきっと、この日のことを思い出すと思います。

 みなさん、どうぞ1年間、そんなこんなのお見守りを、どうぞよろしくお願いします。

  

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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