6月から岡山の養護施設に、学生と市の男性職員さんと臨床心理士の同僚先生というチームで、絵本の読みあいと気持ちのサポートができたらいいねと、通い始めた。
入所している子どもたち一人一人と読みあいをし、話を聞くことが目標だが、最初のうちは子どもたちが、やってくる大人たちを下見する時間が必要だろうなと思い、1回目2回目は全員の前で読みあいを行った。目に見える姿で言えば、かなり緊張し覚悟して臨んだ1回目、幼児さんから中学生まで想像以上に素直で屈託なく、終始笑いの中で読みあいは進んでいった。いろんな見えない力関係や抑えている気持ちがそれぞれにあるんだろうなぁという想像はできたが、これまで幾度となく養護施設の子どもたちとのバトルを経験してきたので、そのオープンな受け入れにちょっと戸惑ったりもした。
そして、2回目の訪問。やはりこの回も全員の前で数冊、心と体をほぐすような絵本を読もうと考え、最初に読み始めたのが、谷川俊太郎と長新太のコンビで誕生した『にゅるぺろりん』(クレヨンハウス)だ。ご存じの方が多いと思うが、不思議なオノマトペと長さんのピンクとオレンジと黄色を基調にした固形物が溶解していくような絵が読者を意味の世界から引き離し、ねっとりした快楽の世界に誘います。
繰り返される「にゅるにゅるにゅる」という音は発音すると口の中に唾液がたまりその濡れた感じがまるでナースリーライムのように、語るもの聴く者両方の気持ちを静め、甘やかな感じに包まれる・・・はずでした。今までは、どこで読んでもそんな感じで、お母さんやお父さんのお膝で聴いていた小さな子どもたちの中には、うっとりとろ~んと眠ってしまう子も少なくありませんでした。そのことにどこか安心していました。ところが、今回だけは違っていたのです。
まず「にゅるぺろりん」とタイトルを声にしただけで、幼い子どもたちの顔が変わりました。目を大きく見開き立ち上がりました。ページをめくり「ぺろりん」。このひとことで、身体をぐに~ぃとくねらせる。「にゅるにゅるにゅる」。身体をくねらせたまま、目の前の男の子がこちらに向かってきた。「にゅるにゅるにゅるにゅわん」。男の子に連なるように、幼児さんたちは、思い思いに手足を揺らし前に出てきた。もうそれからは、なにがなんだか多分誰ひとりわからないまま陶酔した表情と身体で、歩き回り始めました。小学生や中学生たちは、この魔法にはかからず、笑ってみているだけ。ちらりと主任先生の御顔を見ると(もう!寝る前だっていうのにこの状態どうしてくれるんですか!)と言いたげ。仕方なく幼児さんたちと小学生以上を分けて、まだ酔いがさめない幼児さんたちひとりずつに学生たちが別の絵本を読み聞かせました。
終了後、考えに考えた。う~んと。彼らが信頼と楽観的パーソナリティの発達する口唇期に最初の快楽を十分得ることが難しかったとすれば、この絵本がそれを呼び覚ましたのかもしれない。甘えたい、包まれたい。溶け合いたい・・・幼い命の純粋な欲求に応えてあげることがどこまでできるか。ひたひたと胸の奥に迫ってくるような問いを突きつけられた気がしています。次回からは、慎重に一対一の読みあいを進めていく予定。
『にゅるぺろりん』
クレヨンハウス
村中李衣