エッセイを読む

2022年10月

ゼロスイッチを持つ

山陽小野田市のM幼稚園で、図書館からの出前読みあいの会が開かれた。

感染防止対策として少人数2部構成で行われた。一番最初に会場に現れたAくん。集まったのは彼よりも小さい人たちが多かったのだが、それを気にするふうでもなく、まっすぐな目で絵本を見やり、静かに1冊ずつの物語の行方を見守っている。『がたんごとんがたんごとん』(福音館書店)を読んだ時のことだ。周りのちっちゃい子たちは「のせてくださ~い」とホームで列車の到来を待つ乗客たちの呼び声をニコニコ見つめているだけだったが、彼だけはこっくりうなずき、すんなり「いいよ」。乗客を選別することもなく、どの呼び声にも耳を傾け、こっくり。そして「いいよ」。

彼の姿に触れているとだんだん私も、テレを脱ぎ捨て、1日に数本しか走らない草原列車を待つ頼りない旅人のような気持になっていく。Aくんは優しく頼もしい列車。私は何としても今日のうちに目的地にたどり着きたい旅人。そんな関係が「がたんごとんがたんごとん」という音に包まれながら出来上がっていった。
さて、すべての乗客を無事に降ろし、遠く遠くへ去っていく列車の音が小さく小さくなっていき、最後に表紙の絵をみんなに見せて「がたんごとんがたんごとんのおはなしでした」と語ると、Aくんひとりが、ほうっとひとつ、息をついた。そして、囁くような声で「次はだれを乗せるのかなぁ」とつぶやいた。

この絵本は、この世に誕生し、まずは哺乳瓶に世話になり、離乳を経験し、友だちもできた子どもたちが、いったんは、そういうお世話になってきたものたちと別れ、新しい道の世界へまた踏み出していく、そんな成長の歩みを列車の進むレールに託して描いた絵本だが、いったん絵本が閉じられた後に、Aくんが発した「次はだれを乗せるのかなぁ」はまさにそうした次の一歩を予感させるものだった。これまでこの絵本を読みあっている時、子どもたちの間から洩れる「あぁおもしろかった。また読んで」は、何度でも繰り返し同じ道をたどる旅を楽しみたいんだと思ってきた。でも、Aくんはきっちりひとつの旅を終わらせ、次なる旅へ向かおうとしていた。たどり着いた場所をまっさらなゼロ地点にするということが未来を創るまなざしみつながっているんだと気づかされました。

当日はスペシャルゲストとして佐藤真紀子さんも加わってくださり、ほんとうにたっぷりの旅気分を味わった半日でした。

『がたんごとんがたんごとん』

福音館書店

村中李衣

いままでのエッセイを見る

バックナンバー

村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

ひろば通信には新刊の情報やこころがほっこりするエッセイが盛り沢山!