2016年9月、いきなり根室市役所に飛び込み、「サンマ漁の様子を見たいんですけど、なんとかしてください」とすがりつき、金曜日の閉庁寸前だったにもかかわらずなんとかしてもらって以来、どんなわがままもず~っと丸ごと地元の方々に受け入れてもらってきました。そのうち画家のこしだミカさんもどっぷり巻き込んで、2019年3月には気仙沼で被災し根室で新たな造船業に取り組む家族の話『いつか、太陽の船』をつくり、そこからさらに2年かけて、絵本『ねむろんろん』の出版にこぎつけました。まさしく、手漕ぎの小さな船をかわりばんこにぎっちらぎっちら漕ぎ続け、ようやくふたりで港にたどり着いた気持ちです。特にこしださん独特の(地元の方の言い方を借りれば、いかにもミカちゃんらしい)絵が見開きごとに大迫力で展開する『ねむろんろん』は、人間も含め根室に生息する生き物たちの営みを、カルタの札を読み上げるような言葉を添えてつくりあげたものです。
製作に長い時間がかかった分だけ、今まで知らなかったさまざまな問題にも改めて気づかされました。たとえば、私たちが取材をし始めた頃はサンマ漁で活気づいていたのに、次第にサンマの漁獲量は減ってきており、昨年は<まちの一大イベントサンマ祭り>が中止になりました。関係者がどんなにがっかりしているだろうと心が痛み、私たちが見せてもらった楽しくにぎやかな<サンマ祭り>の様子をそのまま描いてよいのかどうか悩みました。エトピリカが愛を交わし合う場面では、その生息地の遠くに見える風力発電機をどう描くか、野鳥から見れば歓迎されないものだけれど、根室の現実としてそれをないものにするわけにもいかない・・・。また、セリをするおっちゃんの帽子の色があらわす役割どころや、つりあげた昆布の中に見え隠れするもっこの存在や、花咲ガニのツメの仕組みに、サンマのうろこのあるやなしやまで、ありとあらゆる表現の後ろ側にある事実を知り、ひとつずつ、確認しながら進みました。そのたびに、愚直に挑むこしださんの<えかきだましい>みたいなものと彼女の思いに何とかこたえようと、どこまでもいっしょに考えてくださる根室のみなさんの姿に心底頭が下がりました。「なあ、もうええんちゃうん?ここまで考えたんやから、あとは、もしなにかあったとしてもそれはそれでゆるしてもらおうや」と何度も言った自分が恥ずかしい限りです。
昨日、絵本を手に取った声楽家の先生が、「この絵好きだなぁ~」と言いながら声に出して読み始めました。彼女の読みを聴くと、すべてのページが優しく甘やかな子守歌に聞こえました。私が読むと、聞きかじった演歌風です。こしださんが読むと、天真爛漫な子どものおしゃべりのようでしょう。どんなふうに読まれてもそこには北の大地の風が流れます。
絵本づくりっていいなぁ。(無事出版されたからこそ言えることばですけど・・・ね)
=======================================
『ねむろんろん』は今月のこどもの広場の新刊になっています
=======================================
村中李衣