エッセイを読む

2020年11月

躓く力

前回は情けなくこけた話を書いたが、今回も「躓き」かい、と自分で題名をつけながら、思わずつっこみをいれたくなった。お許しを。

今年はこれまでと大学での学びの形態がぐるりと変わってしまったため、学生たちもいろいろに思い悩むことが増えたようだ。これまで周りからもとても優秀だ・しっかりしているといわれ、本人もその期待に応える道を意識すらせずに歩いてきた子たちが、卒業を前に立ち止まり、立ち止まってしまった罪悪感で更に自分を苦しめている。

最近読んだ稲垣栄洋『生き物が大人になるまで』が面白かった。絵本『はらぺこあおむし』がみせてくれているように、アオムシは大食いだ。葉っぱに産みつけられた卵から孵ると、とんでもなく食べて食べて、ひどい時は茎だけ残して葉っぱはすべて食べつくされてしまうことだってある。稲垣氏によると、イノコズチは、植物ならではの方法で、このアオムシを追い払うのだそうだ。それは、ある化学物質を葉っぱの中に潜ませることだというのだが、いったいどんな物質だと思う?今日、学生たちにこの質問を投げかけたら「体をしびれさせる」「体が硬くなる」「眠らせてしまう」「自分がしていたことを忘れさせてしまう」「葉っぱの味をまずくさせる」などなど笑える答えが返ってきた。答えながら「え~、植物にまさかそんな力はないやろ」とまたまた笑いあっている。で、本当の答えはというと、成長を早める成分を含んでいるらしい。イノコズチの葉っぱを食べたアオムシは脱皮を繰り返しあっという間に大人のチョウになり飛び立っていくんだそうだ。葉っぱを十分に食べずに早く大人になったチョウは、卵を産む力がない。こうやって、産み付けられる卵の数を制御している。どうだろうか、現代の日本社会が子どもに準備している成長路線に似てはいないか。ゆっくり考えることや寄り道することや躓くことを許さない社会。いち早くみんなに歓迎される成功のゴールへたどり着かせるよう、さまざまな仕掛けがなされている。その路線を素直に進んだ子どもたちの脆弱な未来を従順な大人として待っている気がする。

今、苦しくて前へ進めないと悩んでいるのは、こじんまりした枠の中で大人になっていくことに、遅まきながら身体が抵抗してくれてるってことなのかもよ。だとしたら、それは「よかった」と思うべきじゃないのかなと、学生たちに話してみた。みんな、ふぅ~ん、そんなもんかと考えこんでいた。動物や植物の世界から生きてることの意味を捉えなおしてみることが新鮮な様子だった。やはり、時には躓くだけでなくそれを機に派手にすっころび、転んだついでにそのいつもと違う視点から見える人間以外の生き物たちの世界をじっくり眺めてみるのもよさそうだ。転んだ時に受けとめてくれる地面は思いのほか、あったかい。

スペースが余ったので、ちょっと余計なおしゃべりを。息子が小さい時、あまりにもとんでもないことばかりをしでかすもんだから、どうしてほかの子たちみたいに素直にまっすぐ歩いてくれないのと、いっぱしの母親ぶって悩んだ。その時、新沢としひこさんの「みちくさ」という曲を聴いて、ハッと我に返った。今でも時々聴いている。迷いの道を遠く照らしてくれるので、お薦めしたいな。

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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