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2020年04月

きみはわたしの

 岡山での早朝ウォークと神社境内のラジオ体操は、細々と続いている。

 細々というのは、この冬の間何度も体調を崩したり、早めに飛んできた花粉にやられて重装備が必要だったりで、メリハリある自然の招きに全力で応えるパワーが不足していたためだ。

 さぼったぶんだけ足腰が弱っちくなってるなと実感しながら、へえこらやっとこ300段の階段を上りきると「おう、おはよう、久しぶりじゃな」と、じいちゃんたちの明るい出迎え。でも言葉を交わしながらじいちゃんたちはどこか上の空。私の背後の階段をちらりちらりと気にする様子。そして突然

 「おう、きたきた!ようのぼってきたのぉ!」ぱっと明るくなったじいちゃんたちの表情につられて振り向くと、丸っこい笑顔の少年が最後の1段を踏みしめ境内に上がりきったところ。4年生くらいだろうか?Gパンに白いTシャツがなんともさわやかだ。「学校がずうっと休みじゃけぇなぁ。おとといまでは、おかあさんといっしょにあがってきとったが、昨日からは一人で来とるんじゃ、なあ?」

 じいちゃんのひとりが、まるでわが孫自慢のように、説明してくれる。少年は少し照れたように運動シューズのつま先をとんとんさせて、でもにこっとうなずいた。

 ♪あた?らしいあさがきたきぼーぅのあさ~だ

 馴染みの音楽が軽快にラジオから流れ出し、全員ピシッと背筋を伸ばす…とはいかないが、まぁばらばらにゆる?く、身体を動かし始める。オレンジ色の朝日が木立の間を縫って光のエールをみんなのおでこに、ほっぺたに、届けてくれる。

 「それではみなさん、今日も一日お元気で!」

 ラジオの締めの言葉を待ちかねたように、じいちゃんのひとりが、少年のほうをくるりと向いて手招き。「こっち、こっちへ来い」。

 素直に駆け寄った少年に向かって、じいちゃんは、ジャンパーのポケットをまさぐり、チョコレートを「ほれ」。「今日も来るじゃろうと思うてな」。

 少年は手渡されたチョコレートを見て「ありがとうございます」。そのひと声を聞いた瞬間、境内にいた全員の寿命がたぶん1年は伸びた。

 戻りの山道は、それぞれのペースでばらばらに下りながら、口々に「ええなぁ、こんな朝はええなぁ」とつぶやいていた。少年はてっきり上がってきた階段を下りるのだと思い込み、後ろをついてきているとは想像もしていなかった。ところが、200メートルくらいあるいたときだったろうか。後ろの方でなにか声がした。ん?と思って振り返ると、少年がはるか後ろから、口に両手を当てて大声で「さようならぁ?」。思わずみんなもそれぞれの場所から夢中で「さようなら?」。

 ウィルスの拡散に脅かされ、自分を閉じることになりがちな毎日。でも、自分と他者を明確に意識することは他者を排除することとは違う。出会ったきみは、わたしと無関係な存在ではない。大事なひとだ。

  

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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