岡山での早朝ウォークと神社境内のラジオ体操は、細々と続いている。
細々というのは、この冬の間何度も体調を崩したり、早めに飛んできた花粉にやられて重装備が必要だったりで、メリハリある自然の招きに全力で応えるパワーが不足していたためだ。
さぼったぶんだけ足腰が弱っちくなってるなと実感しながら、へえこらやっとこ300段の階段を上りきると「おう、おはよう、久しぶりじゃな」と、じいちゃんたちの明るい出迎え。でも言葉を交わしながらじいちゃんたちはどこか上の空。私の背後の階段をちらりちらりと気にする様子。そして突然
「おう、きたきた!ようのぼってきたのぉ!」ぱっと明るくなったじいちゃんたちの表情につられて振り向くと、丸っこい笑顔の少年が最後の1段を踏みしめ境内に上がりきったところ。4年生くらいだろうか?Gパンに白いTシャツがなんともさわやかだ。「学校がずうっと休みじゃけぇなぁ。おとといまでは、おかあさんといっしょにあがってきとったが、昨日からは一人で来とるんじゃ、なあ?」
じいちゃんのひとりが、まるでわが孫自慢のように、説明してくれる。少年は少し照れたように運動シューズのつま先をとんとんさせて、でもにこっとうなずいた。
♪あた?らしいあさがきたきぼーぅのあさ~だ
馴染みの音楽が軽快にラジオから流れ出し、全員ピシッと背筋を伸ばす…とはいかないが、まぁばらばらにゆる?く、身体を動かし始める。オレンジ色の朝日が木立の間を縫って光のエールをみんなのおでこに、ほっぺたに、届けてくれる。
「それではみなさん、今日も一日お元気で!」
ラジオの締めの言葉を待ちかねたように、じいちゃんのひとりが、少年のほうをくるりと向いて手招き。「こっち、こっちへ来い」。
素直に駆け寄った少年に向かって、じいちゃんは、ジャンパーのポケットをまさぐり、チョコレートを「ほれ」。「今日も来るじゃろうと思うてな」。
少年は手渡されたチョコレートを見て「ありがとうございます」。そのひと声を聞いた瞬間、境内にいた全員の寿命がたぶん1年は伸びた。
戻りの山道は、それぞれのペースでばらばらに下りながら、口々に「ええなぁ、こんな朝はええなぁ」とつぶやいていた。少年はてっきり上がってきた階段を下りるのだと思い込み、後ろをついてきているとは想像もしていなかった。ところが、200メートルくらいあるいたときだったろうか。後ろの方でなにか声がした。ん?と思って振り返ると、少年がはるか後ろから、口に両手を当てて大声で「さようならぁ?」。思わずみんなもそれぞれの場所から夢中で「さようなら?」。
ウィルスの拡散に脅かされ、自分を閉じることになりがちな毎日。でも、自分と他者を明確に意識することは他者を排除することとは違う。出会ったきみは、わたしと無関係な存在ではない。大事なひとだ。
村中李衣