瀬戸内海児島湾を見下ろすデイケアセンターを訪れた。同僚の先生のお母様が通所しているご縁からだ。
背中を丸めて遠くをぼんやり見つめておられる方、記憶の向こう側へとひとりで旅に出ておられる方、こくりこくりとまどろんでおられる方・・・施設を訪ね絵本を読みあうのは、まる2年ぶりだということもあり、緊張で始まるまでの数分間、落ち着かない。
でも、隅っこの方のイスに座らせておいた子どもパペットを指さし「ありゃあ人形じゃな。何の人形じゃろ」ととなりのご婦人に話しかける声、「腹話術じゃろ。ほれ、テレビによう出てきよるが。なんとかいう目ん玉の大きい俳優さんが」という大きな返事。そのやりとりをきいているうちに、だいじょうぶ、もうおはなしの世界は始まってるなと心が決まった。
最初に、同じ漁業の町に生きた人たちだから共感するところがあるんじゃないかと思って『ねむろんろん』(新日本出版)を紹介することにした。絵本の一場面ずつのあとに、その絵が完成するまでのこしだミカさんが撮りためたいろんな写真を挟み込んだスライドショーをおみせしながら、いろんな話をしていった。絵本製作のために根室を訪れるたび、こしださんが撮った写真は1万枚近くもあって、そこから選りすぐった約100枚の写真と原画がコラボしている楽しいスライドだ。海の男のおじいちゃんたちは、溢れんばかりのサンマたちが船底から掬い上げられる様子や祝いの大漁旗をはためかせて海へ滑り出す新造船の姿に「おおっ」とため息を漏らし、男たちが沖へ出る間家を守ってきたおばあちゃんたちは、埠頭にしゃがみこんで船を見送る親子の姿を食い入るように見つめたり、木のうろに体を丸めてねむっているモモンガの姿にとろけるようなまなざしを向けたり・・・。絵本としっかり結ばれていくお年寄りの姿に心打たれ、この本創ってよかったなぁとしみじみ。いろんなおしゃべりが「そういやぁ昔なぁ~」「おうそれそれ」という風に次から次へリレーのように繋がれて行くのに調子づいた私は、子どもたちと楽しむときによくやる「ねむろんろんクイズ」を出した。「ここにゴマフアザラシがいます」と絵を見せながらいう。みんな、ふんふんうなずく。「さて、このゴマフアザラシには、特技があります。それはなんでしょう?」即座にかいじょうのあちこちから「さあ知らん」と声が上がる。私は気にせずクイズを続けた。「はい、では次の二つのうちから選んでください。一番、お日様にあたると、身体の色が7色に変わる。二番、水の中に長~く潜っていることができる。さて、どっち?」
すると、会場はし~ん。だあれも何にも答えない。一人の手も上がらない。私は焦った。(なんでなんで?どっちかに手を挙げればいいやん。子どもたちは2択にするとハイハイとあてずっぽうでも答えてくれるのに・・・)そしてハッと気づいた。そうか、知らないものは選べないんだ。想像力で知らない世界に飛び込む子どもとは違うんだ。お年寄りは「見えない」「聴こえない」「覚えていない」と、ないことを取りざたされがちだが、実は「知っていること」だけを手繰り寄せ、「知っていること」の中でだけ淡々と生きているのだ。
なんかわたし、勘違いしてたなぁと反省しいしい、海風の吹く坂道を降りた。
村中季衣