エッセイを読む

2023年02月

物語が息づく場所

沖縄読谷村の幼稚園で、子どもたちの家族といっしょに物語を楽しむ機会を得た。

開始前に先生から、「本に全く関心がないご家庭も少なくありません。『一日の仕事をこなすのが精いっぱいで本なんか読んでる暇はない』とおっしゃる方も多いです。そこで・・・」

先生の期待に満ちた表情。「絵本読みが終わった後、少しの時間でいいですから、りえ先生からのメッセージとして、ちいさい頃から絵本や物語に親子で楽しむことの大事さを話していただけませんか?」

うわぁ、荷が重いなぁと思ったけれど、そこはほれ、いい加減が身上の村中なもんで「わかりました。やってみます」と軽く引き受けてしまった。

さて、その日のハイライトは、アメリカのストーリーテリングの沖縄バージョン。読谷のおばあの家にひとりでお泊りに来たけんちゃん。おばあは仕事が忙しいので一人で眠るよう言われたけれど海風の音でドアがガタガタ鳴るのが怖くて眠れない。そこで、「犬がいれば一人でも眠れる」と提案する。ところがおばあが連れてきた犬といざ眠ろうとすると、海風でドアがガタガタ、犬がわんわん、うるさくて眠れない。そこでけんちゃん、「犬と猫がいれば」「犬と猫と豚がいれば・・・」と、おばあへのリクエストがどんどんエスカレートしていく。そのたびに、おばあは仕事の手を止め、大風の中を動物探して連れてくる。次第次第に増えていく動物達の鳴き声が面白い。最後に今までで一番大きな風が吹いてきて、ドアもろともすべての動物が巻き上げられ、海の真ん中にちゃぽん。それですっかり静かになりましたとさ・・・というわけ。読谷の子どもたちに身近なブタやヤギや水牛を登場させたことでいつも以上に笑いが生まれることを期待していた。実際どこでこのお話を語っても、最後には独り芝居につかれ果て、ストーリーの中のおばあさん同様へとへとになる私の姿に子どもたちは大笑い。ところが、今回は様子が違った。いっしょうけんめい耳を傾け、目を見開いて話の展開を見守っていた子どもの一人が、とつぜん、くりくりの大きな瞳に涙をためて「もう、おばあを呼ぶな」。すると、その声に背中を押されたように何人かの子が「おばあがかわいそう」「けんちゃんは、ひとりで眠れるさ」。なかには、床にうずくまる格好をして「けんちゃん、こうやって眠ればいいさ」と眠るマネをして見せてくれる子まで出てきた。胸がいっぱいになった。

この子達は、大人がどんなに忙しく働いているかを知っている。そして、けんちゃんのように何度も何度もおばあを呼びつけたりしないで、ちょっとがまんしてひとりで眠ろうとするような思いやりのある子なんだ。これまでももしかしたら、「絵本読んで」と言いたいけれど、一日中働きづめの忙しい親を気遣って、「読んで」の声を呑み込んだことがあるのかもしれない。そう思うと、単純に「絵本を読んであげてください」と伝えることができなかった。「絵本を読んでもらうことを我慢してでも親や家族を大事にする心が育っているこの子たちをどうか誇りに思ってください。そしてたまには、今日のように一緒に絵本の時間も楽しんでくださいね」というのが精いっぱいだった。ものがたりを生きるということは本からだけ得られるものではないことを子どもたちに教えてもらった出来事でした。

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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