エッセイを読む

2023年05月

なんどでもなんどでも

画家の近藤薫美子さんとのつきあいは、40年前、雑誌に載せた短編に挿絵をつけてもらったのが縁だ。その後しばらくたって、『つちらんど』(アリス館)に出会い、彼女が描き出す地面の下の無数の生き物たちの世界に息をのんだ。上へ上へ遠く遠くへと向かいがちな人間の視線をひっくり返し、下へ下へ深く深くに切り替えさせてくれた衝撃の一冊だった。それからも次々に日ごろ私たちが見ようとも感じようともしない世界を独自のレンズで時にはユーモラスに時には切なくなるほど繊細に見せてくれて、私はひそかなファンだったが、なぜか一緒に仕事をする機会はなかった。だから、今月発売される『それよりこわい』(佼成出版社)が、正真正銘初めての合作絵本だ。二人の小学生が学校の帰り道、自分が怖いもんを打ち明けあううちに、とんでもないところまでたどり着いてしまう空想絵本なのだが、創っているあいだじゅう、それこそ二人であっちゃこっちゃへイメージの冒険をしまくって、むっちゃ楽しかった。「それよりなぁ、やっぱこっちやで」「これはなぁ、こうした方がぜったいうまくいくって」と、水鉄砲のようなしゃべくりで作品のアイデアを出してくる近藤さんだけど、そして、ともすれば「そういえばそうかなぁ~」と軟弱に妥協しかける私だけど、でも不思議と最終的にはふたり納得できる形に収まっていった。これってええタッグやなぁ、うん、タイプの違うふたりでちょうどよかったねえ、とうなずきあいながら、いよいよ見本ができてきた。さぁ献本分にふたりのサインを入れるべしという段になり、先に出版社から近藤さんのところへ本が届いた。「こんなんにしたで。ええやろ?」とキュートなタヌキとキツネのイラスト。そして、その下に「近藤薫美子」のサインの入った写真がメールで送られてきた。「りえさんは、この絵の上に自分の名前書いたらちょうどええやろ?」。「え~やだ。なんで上にうちの名前書かんといけんの?こんちゃん、右側のキツネの下に名前書いといてくれたら私は左のタヌキの下に自分の名前書けたのに」。「そら、あかん。それでは横長すぎてバランス悪い」。「悪くないよ。上には書きたくない」。「なんでや?それって、謙遜か?ひょっとして、上に書く方が偉いとでも思てんのか?」「いやなものはいや。そんなら、もう、私は別のページに書く」「そんなら、別のページは黒地やから、ポスカで書け」。「ポスカなんか、持ってない」「どこでも売ってるやろ」「自分が町の中に住んでると思ってどこでもなんていうけど、うちは山ん中!」「だんなは町におりて仕事しとるんやろ。買うてきてもらえ」「だんなは、山から落ちてひっくり返っとるわ」・・・もう何を言い争ってるんだかわからなくなってきた。もうどうにでもなれ、と後に引けなくなってきたとき、突然近藤さんが「そうか、そんなにいややったんか。この次からは気をつけるわ」とつぶやいた。しゅうっと後ろにひかれて、私の憤りはアホみたいに取り残された。ぽかあんとした独りぼっち感覚。続いて押し寄せてきたなんか胸の真ん中がこそばゆいような恥ずかしいような・・・「わかった。もうええよ」。そのあとふたりで大笑い。あったなぁ、子どもの頃、たしかにあったよなぁ、こんな感覚。

なんどでもなんどでもケンカできるのって、ず〜っと仲良しより、もっといい。『それよりこわい』の仕上げに『それよりええかも』体験をしたふたりでした。

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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