岡山にある乳児保育園で、1歳児さんといっしょに絵本を読みあう機会をもらった。

絵本を抱えてどこへ訪ねていくときも、わたしは<読みのプログラム>みたいなものを事前に作ることができない。今その場でどんな絵本が聴いてくれる人と私の間に必要なのかは、その場・その瞬間出ないとわからないからだ。この日も、初めて出会う子どもたちだから、何となく
こんな絵本がいいかなぁ~というぐらいの気持ちで本棚にあった絵本をガサリとバックに入れて出かけた。

1歳高月齢のクラスの前に立つ。入口のドア、壁、テーブル、床・・・と順番に「トントントン」と軽くノックしながら入っていく。「トントントン、いいですか?」「トントントン、はいりますよぉ」……「トントントン」の音の響きで、お部屋のあちこちにいた子どもたちの耳とからだが、しゅうっとこちらに向く。なんて入りやすい空気に満ちたお部屋でしょう・・・そこで無理に子どもたちを一か所に集めることはやめにして、今いるそのままの場所で絵本の世界にはいってきてもらうことにした。最初に読んだのは『りんごがころん』(ブロンズ新社)。お部屋にいるみんなの中に音を招き入れる準備ができたように感じたからだ。りんごは「ころん」、かさは「ぱっ」、はとどけいは「ぽっぽー」、と次々に2拍子の展開で進んでいく。子どもたちはそれぞれのモノを認めた後に愉快な音が現れるたび、にこにこ。いい感じいい感じと楽しく読み進め、銀色のバネの登場。「バネは~」と子どもたちに語りかけ、素早く絵本をめくって「よいしょ」と声を出すと、「あはははは」と開け放した笑い声が!笑い声は伝染し、あちこちで「あはははは」の渦巻きができた。なんだろうなぁ~こういうシンプルな音の迎え入れ方に出会うと、読む方の体の緊張も一気にほぐれる。「ころん」よりも「ぱっ」よりも「よいしょ」が小さい子どもたちをひきつける言葉であるとかそういう事ではたぶんないんだと思う。銀色に光る堅物なバネが、次のページでぐにゃんとカーブを描き、その変化の様にくっついた「よいしょ」が、子どもたちの内側に日頃はうずくまっているなにかをふいに揺さぶったのだと思う。そのあとはもう、何を読んでも子どもたちの内側のなにかとすぐにすんなり響きあう。『バナナです』も『ぱんつのはきかた』も、歌うように、歌を転がすように、自由に読みあう事が出来た。読みあいを終え部屋を立ち去るときには、「はじめましてこんにちは」のノックよりも、ずうっと音を絞り、「とんとんとん、またくるね」「とんとんとん、まっててね」「とんとんとん」「とんとんとん」「とんとんとん」

子どもたちと結んだ物語の糸がお部屋の外までずうっと切れない。

○○歳の子にはどんな絵本を選べばいいのか、どんな読み方がいいのか、どの順番で読めばいいのかというようなことを準備段階でかっちり決めておくことも大事かもしれないけれど、読みの技術を気にするあまり、その場で今生まれようとしている読みの響きあいに心を向けることから遠ざかってしまってはもったいない。とにかく読みあいをゆる~く楽しみたいなぁ。


『りんごがころん』
ブロンズ新社

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

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