2010年、何もわからないままに、日本初の官民協働刑務所である美祢社会復帰促進センターで、女性受刑者の方々と共に「絆プログラム」を開始しました。「絆プログラム」とは、離れて暮らすわが子の事を想って、1冊の絵本を選び、仲間同士で読みの練習を重ねて、最終日に録音した声を、自分が刑務所で働いたお金で購入した絵本と一緒に、家族へ送り届ける矯正教育のプログラムです。
参加者のほとんどが、これまでわが子とゆっくり絵本を読みあう機会など持てていなかったといいます。それでも、わが子のために選ぶという与えられた時間を、それはそれは真剣に過ごします。テーブルに並べられたおよそ100冊の絵本を、わが子の姿を思い浮かべながら、これがいいか、いやこっちがいいか、待てよやっぱりこれなんかも・・・と宝物のように手に取り、めくります。毎年プログラム第一回目、その姿を見つめながら、過ちを犯したけれども、子どもを愛する気持ちに過ちはないなぁとつくづく思います。その後わが子の成長に少しでもプラスになるようにと、その一念で一生懸命絵本読みを練習していきますが、ある時ふっと「この声・この読み方は違う気がする」と自分で気づく瞬間が訪れます。それは、私にも予測のつかない気づきがほとんどです。自分の声の用い方には、自分の価値観や人との距離の取り方、解決できていない憎しみや孤独が無意識のうちににじみ出てくるものだと、知る瞬間でもあります。誰に強要されるでもなく子どものために自分ができる精一杯の読みをしてやりたいという思いに支えられ、ここから自分の心の奥底の暗い部分をのぞきこむ姿がみられるようになります。傍らで同じ傷つきを持つ仲間が、黙って見守ってくれています。この仲間の力がとても大きい。揶揄するでもなく同情もなくただただ同じ気持ちでいてくれる、これが彼女たちの「自分物語」を書き換えていく道のりに欠かせない。最終録音を終える時には、全員、仲間の中で生きた時間を誇らしく思うようになっています。ただただそんな奇跡のような時間に立ち会わせてもらい続けた12年間でした。
本にまとめようと思っていると告げると、掲載の許可不許可を飛び越えて「わ~、すごい」と拍手してくれたおひとりずつの顔が今も胸の中にあります。そんなお金ないはずなのに、「出たら絶対買いますね」とまで言ってくれました。彼女たちのその後の生活を知ることは許されていません。でも、どこかでふとこの本の表紙に目が止まり、その場でページをめくってくれたなら…と祈るような気持ちです。そのためにも、本屋さんからこの本が早々に消えてしまわないようにと願います。どうか、みなさん、お力を貸してください。
美祢社会復帰促進センター立ち上げ時から関わられ、犯罪や非行に陥った人たちの立ち直り支援の在り方について考え続けておられる現法務省札幌矯正管区長中島学氏との出会いがなかったら、決して実現しなかった本です。中島氏の寄稿してくださった「受刑者処遇の未来へ向けて」は、私のこれからの道しるべでもあります。
村中李衣