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2021年11月

傍にいられるってこと

 ずうっと気になっていた「巻き爪プラザ」という小さなお店に入ってみた。

 昔から、足の親指の爪がしょっちゅう皮膚に食い込んで、そのたびにひぃーひぃー言いながら、爪の角っこをハサミで切り落として傷口に赤チン、を繰り返してきた。店の前に、施術前→施術後の、大変身した指の写真がいっぱい貼ってある。まぁ、ものは試しだ。

 店内ではちょっぴり怪しい感じのイケメンお兄さんが待ち構えていて、まだためらっている私を前に、はいはいおまかせっ、だいじょーぶだいじょーぶ、と実に気さくに施術椅子に案内し、そのまますっぽんと靴下を脱がせ、親指点検に取り掛かった。

 他人に足の親指を鼻がくっつきそうなほどの近さで見つめられるのは、とんでもなく恥ずかしい。こんなとこ、発作的に入るもんじゃない、足の指を20回くらい洗い清めて香水振りまいてから絹の靴下でも履いてくるべきだった。うだうだと後悔しているうちに、プラスチック製の細い板が親指の両脇にはめ込まれ、透明なマニュキアみたいなものを塗られた上からグラインダーでグィーン・グィーン。うそっこ爪ができあがっていく。

 へぇ〜なるほどねぇと、さっきまでの恥じらいはどこへやら、感心して眺めていると「こんにちは。連れて来ましたぁ!」と店先で明るい声。30代くらいの女性とその母親らしき人の二人連れ。若いほうの人は慣れた感じで「やっと母の時間が取れたんです」と店長と親しげに話し始めた。(あ、店長は、私の親指とにらめっこしている人とは別の人よ。)

 聴くとはなしに彼女の話を聴いたところによると、母親は児島のジーンズ縫製工場で永年ミシンを踏み続けており、そのせいで足の指がすっかり曲がってしまって、腰も痛めている。娘も同じような足の悩みを持っていたが、ここで矯正靴下と靴を買ったらすこぶる具合がいい。そこで母親を説得して、今日はどうでも母親のために靴を見立ててもらって買って帰るのだという。ふたりとも小柄で、用意されたふたつの椅子にちょこんと並んで腰かけている姿が、それだけでほほえましい。母親は「もうこの歳まできて、そんなぜいたくなもん・・・」と最初のうち、しりごみしておられたが、新しい靴に足を入れるたびに、「あら」「まあ」「こりゃまたなんか、ぜんぜんはきごこちがちがうねぇ」とだんだんその気になってきた。その様子にひとつずつ、うんうんとうなずき、「かわいいよ」「あ、それもかわいいね」と嬉しそうに声をかける娘さんの弾んだ気持ちが手に取るようにわかって、胸が熱くなった。

 最終的に母親が選んだ黒い靴にえんじ色の紐が通されていく。両足を前に伸ばし足首だけヒョイと曲げて、仕上がった自分仕様の靴の履き心地を確かめている母親の横で、娘さんも同じように足を延ばし、少し前にここで買った色違いの靴を並ばせてみている。「お二人ともとってもお似合いですね。なにより、親子がおそろいの靴を履いた足を並べて椅子に座っているっていうこと、人生でそうそう体験できる人っていませんよ。おしあわせですね」と、自分は裸の親指をブラシでごしごしこすられながら、語りかけた。

 するとふたり同時に「ほんとですね。」と笑い返してくれた。

 わたしもあんなふうにかあさんと並んで、靴を選んでみたかったなとお店を出てからちょこっとうらやんだら、ニセモノ親指がコラコラこつんと靴の先にぶつかった。

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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