ため息の出る三月だった。マイブックという一日一ページの日記を読み返してみても余り良いことを書いていない。どうしようもないことが起こった時に不安になり、世を憂え、何ができるだろうかと悩み、今後を見据え考えたり無理矢理気持ちを切り替えようとしても中々前向きになれない。と書いたところでママが「パパ見てん。このほうれん草、一株が無茶でかい。」と言って水洗いしたほうれん草を持ち上げてケラケラ笑った。これだもんなあ。シリアスにもなれやしない。寝ぼけ眼の旭が布団からミーアキャットのように顔を上げてまた布団に潜った。食卓にはママのお昼のお弁当用のたまごやきやコンソメスープ、昨夜母親から貰った炊き込みご飯やマカロニサラダが並ぶ。「はい。出来上がり。」タンと小気味良い音を立てたお皿には湯気いっぱいのほうれん草。パソコンカタカタ。お料理トントン。子どもはスヤスヤ。♪カタカタ♪トントン♪スヤスヤと朝の交響曲に包まれた室内に汽笛が鳴り響いた。「ボーっと生きてんじゃねーよ」と私には聞こえた。
「おはよう」と言ってやおら起きてきた旭は、手にコロコロコミックを持ってトイレに行った。「漫画読んじゃいけんよ。」と言うママの注意を間延びした声で返す。私はストーブの灯油が「無くなりました」と音(ね)を上げたので給油した。朝ご飯の時に、臨時休校中のため実家に預かってもらっている旭が、昨日おじいちゃんと散歩した時に唐戸にお味噌汁の自販機があったことを教えてくれた。美味しいの?と聞いてるママの横で私は「なんちゃってナポリタン」を口に含むと、その話を遮るように音を立ててすすった。私のいたずら心を感じた旭がニヤッとしたので「やってみてん」というと、旭はおんなじような音を立てて麺を飲み込んだ。
「あー株価また下がっとる。」TVを観ていたママが呟いた。私はケチャップのついた旭の口が気になっていた。旭は昨日のトランプ楽しかったねと言って笑った。
一日が始まる。それぞれのリズムで。
昇より