エッセイを読む

2021年03月

あさひはのぼる

ママが唐戸の伊藤眼科に視力が落ちた旭を連れて行っている間に、私は三好屋に寄ってカステラを購入した。これはバレンタインのお返し。店を出ると向かいの野村製菓では、桜餅や栗どらや饅頭を売っていた。どれも美味そう。散々悩んで3個1パックのいちご大福を買った。あんこはあまり好きではないけど、何故かいちご大福は好きなママが喜んでくれることを期待して、内緒の一品を三好屋の紙袋に忍ばせて待ち合わせ場所のサンリブへ向かった。程なく二人がやって来た。旭が開口一番「パパ、良いもの買ったよ」と言って見せてくれたのが、何と見覚え新たな3個1パックのいちご大福「。えーちょっと待って!」と驚きつつ私が取り出した包みも、あたり野村のいちご大福。さもありなん。「何なん!同じもの買っとるやん!」と言って、3人で見合わせた時の顔が可笑しいったらありゃしない。心なしか旭が微妙な顔をしていたので「どうしたん」と聞くと、「パパを喜ばせたかったみたいよ」と言ってママが微笑んだ。旭はちょっと残念そうだったけど「じゃあみんな同じ事を考えてたのか」「家族って面白いね」「賢者の贈り物みたい」などと話し、最後は3人で笑った。帰宅して早速いちご大福を取り出す。まっ白い大福が6個。包丁で2つに切ると、あんこの中にいちごが顔を覗かせた。何だかお姫様のようで食べるのがもったいないけど…口の端に白い粉が付く食卓で、大福ならぬ幸福を味わった。

その夜、ママがバリカンで私と旭の髪を切ってくれた。昨年の今頃は臨時休業中で旭は自宅待機。私は開店休業のもどかしさと苛立ちから人生初の丸坊主にしたっけ。お地蔵さんのようで見たところ南伸坊みたいだったが、心境は「ノー辛抱」でイライラしていた。切り落とされた髪の毛に白髪が目立つ。今年で50歳。「若い時の白髪はお金が貯まるなんて聞いたけど、あれは迷信だな」とぼやくと、「じゃあこの髪でも売ってみる?ガスコンロが買えるかしら」なんてママが言うもんだから、「良いんじゃない。明日はホワイトデーだし」と返事して、裸になって湯舟に飛び込んだ。先に湯に浸かった旭の髪が所々に浮いていて、何だかチクチクする。扉の向こうから「パパ、いちご大福まだあるよー。」と叫ぶ旭の声がした。

えいやっとばかりに勢い飛び出した。

山中昇

山中昇プロフィール

1971年7月14日生まれ。 地元下関の高校を卒業後、東京の大学に進学&卒業。雑誌編集の仕事と、劇団員を経験したのち地元に戻り、1998年地元下関に開局したComeon! FMに勤務。制作部長として番組制作に取り組む。
2008年FM開局当初から一緒に番組を担当していたパーソナリティーと結婚。2010年3月長男旭誕生。1児の父となる。

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