エッセイを読む

2021年01月

あさひはのぼる

豊前田町からグリーンモールヘ抜ける茶山通りを上り、「港がみえる丘の径」のタイルを目印に右へ曲がると「質屋」の看板が見える。確かこの先の茂みにメジロがたくさんいたはずだと思い細い路地に入った。図書館から歩いて帰る途中で、後ろを旭がトボトボついてくる。そもそも私がメジロを見たのは10年以上昔の話で期待などできなかったが、バスで帰りたがった息子にメジロの群れが飛び立つ姿を見せて喜ばせたくてここまで来た。でもやはりメジロはいなかった。風が強く空は厚ぼったい雲で覆われ、予報だと雪が降るらしい。自販機で買ったミルクティを一口飲んだがすっかり冷めている。気を取り直して歩き出した。

「港がみえる丘の径」は、坂道や石段などが曲がりくねって起伏に富み、昭和の雰囲気が漂う路地や建物を目にする。石垣やレンガ塀、密集した家の佇まいからタイムスリップした気分になり、長屋からTVの音や話し声が聞こえると人様の庭先を歩くようで面白い。冒険心を掻き立てるのか。紅葉谷の福仙寺に着く頃には旭もすっかりご機嫌で、銀杏の葉が残る参道を勢いよく歩いた。この寺の裏山は「日和山八十八ヵ所霊場」になっており、つづら折りの脇には八十八もの小さな御堂があって、仏様が安置されている。お参りすると「四国八十八ヵ所霊場」を巡ったご利益があるとか。何をお参りしたらよいかと考えてみる。仕事や社会情勢、家族や将来の事から次第に悩みや愚痴まで浮かんで収拾がつかず、欲張りすぎて中々まとまらない。旭に聞くと「いつもありがとうございます」と唱えると言うので、浅ましい自分が嫌になった。21日のお大師さんの日ではなかったから人気はない。台座には「○○ばんやくしにょらい」や「○○ばんせんじゅかんのん」などと刻まれていて、お顔も心なしか一つ一つ違って見える。仏様のカラフルな前掛けを見て「ワンピ-スみたいだね」と言って二人で笑った。私たちは手を合わせ「いつもありがとうございます」と唱和しなが次の御堂へと進む。これを88回。二人だから176の「いつもありがとうございます」を唱えたことになる。うす暗い裏山の木々が風に揺れ妙な音をたてる。頂上近くになると多少視界が開けた。すると、雪が降ってきた。それはほんの一瞬だったが確かに雪で、旭は何か良いことがあるような気がすると言って空を見上げた。

帰宅してママに話すと「今年はありがとうがたくさん言える年になるといいね」と言った。ママらしい。次の日の夜から雪が降り、下関は白い世界に包まれる。喜ぶ息子の顔を見て神様、仏様、ご先祖様にお礼を言った.。

山中 昇

山中昇プロフィール

1971年7月14日生まれ。 地元下関の高校を卒業後、東京の大学に進学&卒業。雑誌編集の仕事と、劇団員を経験したのち地元に戻り、1998年地元下関に開局したComeon! FMに勤務。制作部長として番組制作に取り組む。
2008年FM開局当初から一緒に番組を担当していたパーソナリティーと結婚。2010年3月長男旭誕生。1児の父となる。

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