エッセイを読む

2021年09月

あさひはのぼる

 旭は夏休みに深坂の「子ども冒険キャンプ」に参加した。このキャンプは、市内の小学生30人が班に分かれ、アウトドアのプロのインストラクターのサポートのもと、2泊3日の共同生活を送る。よその学校の子たちと遊ぶ機会のない、ましてや寝食を共にすることもない旭は当初戸惑ったようだが、同じ班の子の名前を覚え、テーマに関して意見交換し、夕食を皆と協力して作ったりする内にすっかり仲良くなったそうだ。初日のメモには「自分が相手に対して”お願い”しかしていなかった」と書いてある。ほぉー。いいね。

 この冒険キャンプ最大のミッションは「早朝登山。」でした。午前5時、うす暗い内から鬼ヶ城を登り、吉見峠を越え、竜王山から雌鋤先山へと歩き、午後6時森の家到着予定の13時間登山。歩き始めは雨が降り、旭は雨具を着用して凹凸の激しい山道を登った。地図を片手にルートを決め、ピンクリボンや赤いインクの目印を確認しながら歩く。「竜の背中」と呼ばれる急坂を登るときは足元が滑り、何度も転び泥だらけになった。でも木々の間から差し込む朝陽がとても綺麗で、まるで「天国の光」のように見え、そんな木々の中を歩くときは楽しかった。食事は出発前にバナナを食べ、水分や塩分、栄養ゼリーや糖分用のお菓子、アルファ米やソーセージなどをエイドステーションでとりながら進む。トイレのレクチャーも事前に受けた。特に大の時は1枝で地面を掘る2屈んで用を足す3土をかぶせ枝で便と一緒にかき混ぜる4最後に枝をブスッと刺すそうだ。実行した旭曰く「気分爽快」とのこと。次第に疲れが増し、足が棒のようで歩くたびに痛む。日が暮れたのでヘッドライトを点けると、ライトめがけてセミが飛んできた。鹿の後ろ足を照らしたり、動物の威嚇するようなうめき声を聞いた時はドキッとした。黙々と歩くだけで心細くなったのか。「帰りたい」と泣き出す子には背中をさすったり声を掛け励ましたそうな。「旭君、ムードメーカーのように頑張ってくれました」と、後からインストラクターが教えてくれた。

 午後10時着。彼らは17時間歩き続け、ヘトヘトになって帰ってきた。閉校式の時、エキスパートの方から「17時間は富士山登頂に匹敵する時間です。この冒険キャンプは全国でもかなりハードでハイレベルのプログラムが組まれていましたが、みんなよく頑張ったね」と労って下さった。迎えに来た私に旭は「大変やったけどまたチャレンジしたい」と言った。

 泥だらけのスニーカーは誇らしく、勲章のようだった。

山中昇

山中昇プロフィール

1971年7月14日生まれ。 地元下関の高校を卒業後、東京の大学に進学&卒業。雑誌編集の仕事と、劇団員を経験したのち地元に戻り、1998年地元下関に開局したComeon! FMに勤務。制作部長として番組制作に取り組む。
2008年FM開局当初から一緒に番組を担当していたパーソナリティーと結婚。2010年3月長男旭誕生。1児の父となる。

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