小野田めぐみ幼稚園の佐野園長先生を、私は尊敬している。
昨年この園で週に一度「えほんのせんせい」として働かせてもらうようになった時点では、こどもの広場繋がりの知人、としての親しさしかなかったが、一年を過ぎて、その気持ちに心からの尊敬が加わった。お世辞ではない。神様との対話が、ひとをより分けず、見捨てず、真の言葉を届けるように動くことを可能にするんだと、園でのお困りごとのたびに身をもって教えてくださるからだ。
先々週、職員室に入ると、いきなり珍問答が待ち受けていた。
佐「りえさん、上智大の学生が18 人、山陽小野田の幼稚園をいくつか訪問して英語で遊ぶイベントを考えてるらしいんよ。」
李「へぇ~、楽しそうですね」
佐「うん、それで、18 人の宿泊先を探しとるんじゃけど、あれこれ市の施設とかあたってみたけど、どこも難しいんよ」
李「市の施設がダメなら小野田のパークインか、厚狭駅前のホテルですかねえ」
佐「それが、4 泊5 日で、予算がひとり1 万円らしいんよ。めぐみに泊まらせるとなると、トイレが一か所しかないのとシャワーがないのと、ふとんも借りにゃぁならんからねえ」
李「そりゃぁ無理でしょ。トイレは仮設を借りるにしても、それだけで、ゆうに予算を超えますよ。自分たちでバイトしてもっとお金貯めてもらえばどうですか?困窮学生じゃなさそうですし。」
佐「う~ん、いちばんひっかかるのはね、未熟でお粗末な発想ではあっても、何とか地域で交流したいっていう若い人の気持ちをどうにかして大事にしてやろうっちゅう度量がこの町にないっていうことなんよ。なんとかせんとなぁ」
この最後のひとことで、園長先生が何にこだわりいつも苦労を買って出るような振る舞いをするのかがわかった気がした。どんな時も相手の足りなさを非難することで自分との関係を断ち切ったりはしないんだな。「出会った」ということ、そこからもう自分自身の業が始まっている。相手が善い人だから力を貸すのではなく、出会ったから心を尽くすのだということ。これは子どもたちへ向けるまなざしとぴったり一致するんじゃないだろうか。
というわけで、今回私も学生の甘えた考えは考えとしてひとまず横に置き、思いっきり宿泊先探しに翻弄される日々を選んだ。おかげで、山奥のどこにどんな施設があるのか、意外に知られていない穴場もわかったし、そういう穴場の世話人さんたちの自由すぎるキャラクターに撃沈される経験もできた・・・コスパタイパを求める学生さんに出会ったことでコスパタイパの壁に頭も心もぶつけまわした2 週間でした。
でも、最終的には、なんとか落ち着くところに落ち着きました。宇部市吉部の職員室カフェで出会った仕出し屋さんの大将、ありがとうございました。私を巻き込んでくれた園長先生、いつもながら、ありがとう。
村中李衣
