岡山駅前のホテルで朝食をとっていた時のことだ。隣のテーブルにかなり高齢の男性三人が腰を下ろした。私が「かなり」というのだから、相当な年配である。
「やぁ、本当に久しぶりだな。こうして顔を合わせるのは」「何十年ぶりだろう。僕の記憶は、あの頃―山を駆け回っていた時のまま止まっているよ」「おっと、飲み物のリクエストだ。どうする? コーヒー? アイスにするか? ホットか?」
よく響く高らかな声。背筋をすっと伸ばし、どこかこぎれいな三人組。昨夜、同窓会で郷里に集まったのだろうかと、私はオムレツをつつきながら勝手に想像した。私も何度か自分の同窓会に出席したことがある。女性たちは「や~だ、どうしてたぁ?」と笑い転げながら、変わった容姿をかき分け、互いの記憶を手繰り寄せる。ところが男性は少し違う。現役のうちはまず胸ポケットから名刺を出し、空白の時間を説明し合う。だが定年を過ぎると、その習慣がすっと消える。板チョコを割るように、あっけなく。丸腰になった彼らは、ただ「おう、やぁ」と声をかけ合い、子ども時代に戻ったような顔で笑う。「不思議やなぁ。勤めている時なら『馬鹿じゃのぉ』って言われたら腹が立っただろうに、今じゃひとっつも腹が立たん」そう言って涙を浮かべる場面に私も遭遇したことがある。
隣の三人の会話は、まさにそんな雰囲気だった。川でおぼれかけた話。焼け落ちた工場裏での悪さ。みんなが憧れていた同級生と結婚した友の話。語るほどに身振りがやんちゃになり、フォークを落としては大笑いしている。
そのうち、ひとりがブルーの半袖シャツから細い腕を上げ、颯爽とコーヒーをおかわりした後、ぽつりとつぶやいた。「会社を大きくしようと必死だった頃より、潮時だと決める方がよっぽど難しかったなぁ」「じゃが、決めてしまえば案外ラクなもんじゃろ」「いやいや、そう簡単にはいかんで。こいつんとこはそれなりじゃったからなぁ」
三人の地位や名誉も財産も、私にはわからない。けれど彼らの会話はどこまでも平らで、気負いがなく、生き生きとしていた。「息子が誰も跡を継がんかったけぇ、かえって始末が簡単じゃったわ」そう言ってコーヒーをすする男性に二人が重なるように答えた。「まぁそれもこれも、ええじゃないか。ともかくここまで生きてこれて、もうけもんよ」「おう、ようもうけたもうけた」
最後にもうけるのはお金ではなく、自分の人生そのものか。私は急に、自分のこととして考え始めた。
坂道をどう下っていくか。風の歌でも口ずさみながら、膝をいためぬようにゆっくりと降りていきたい。転がるのは皿の上のミートボールだけにして。
村中李衣
