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2025年03月

おこもりの窓

2 月末から約2週間、日本を離れる予定で、それまでにいろんな仕事を片付けるべくひそかに準備を進めていた。ところが、出発直前に連れ合いのトラさんがダウン。緊急入院となった。整形外科的痛みのコントロールが処方された薬でうまくできず、山小屋で七転八倒。あいにくの連休さなかで、受け入れ病院が見つからず、その苦痛にゆがむ表情を見続けたショックで、私もすっかり体調を崩してしまった。這うようにしてすべての旅行手続きをキャンセル。折しも退職後初めての確定申告を目前に控え数字と格闘していたから、あ~あれもこれも勿体なかったと、金銭面でもパンチが大きかった。

でも、だ。パンチが効いた分だけ、本格的なお山籠もりが実現した。

午前6時、小屋の扉を開けて、イノシシ除けの柵を外すと、いつもとは違う朝が来る。凍って水が下りてこない洗濯機の使用開始タイミングを見極めるおもしろさ。一日中稼働させていると山小屋の加湿器の水はこんなに頻繁になくなるんだ、とか、わわわ、こんなにやせこけたキツネがいるんだ、私ごときに追い払われても逃げてる場合じゃないほどおなかをすかせてるんだなぁ、とか・・・発見はいろいろ。

そして何より、ぽっかり空いたその時間を、まるっと創作の時間にすることができた。そんなのプロなら当たり前でしょ、何があろうとどんなに忙しかろうと、毎日たとえ一ページずつでもいいから書き続けなくちゃと、叱られそうだが(実際、10年以上前、角野栄子さんに、山口でそうハッパをかけていただきました!)近年まったくそうできなかった私なのだ。でも、病院からの呼び出しがいつ来るかわからないから、あちこちふらつくわけにいかない。同じ小屋の中でも電話がちゃんと通じるスペースに居続ける必要がある。となると、もう、書くこと以外に自分を静める方法はない。逃げ道は 2 時間に一回のおやつタイムのみ。で、書き始めると、これがとてもいい。決して楽しくはないけれど、悩んだり頭を抱えたりも含めて、カサカサだった心が、だんだんに潤ってくる。自分とか家族とか仕事とかそういう枠が取り払われて、自分が何者なのかも忘れて、遠い何かを求めて浮遊する。その何かの正体は、これまで小器用に使っていた「いのち」とか「たましい」とか「愛」とかとはたぶん、ちがう。65 歳を過ぎて、そういうわからなさの中を進める自分が嬉しかった。自分に自分が励まされた。

もちろん、ご飯の支度をしなくていいのも、すごくありがたかったし、弁当を作らなくていいのも、朝何時に起きなくちゃいけないという縛りがないのも、開放感たっぷりでしたよ。でもそういうありがたさにはすぐ慣れる。でも、書く時間を与えられ、上手下手は関係なくその時間の中を生ききれた喜びは、一作ずつ輝きが違う。慣れることはないだろう。だから、やっぱり書き続けなくちゃいけないんだなぁ。

応援してくれた?山の皆さんたち、ありがとう。

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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