みんなってことば、みんな気楽に使うよね。「みんなでつくる党」「みんなのブリーダー」「みんなの銀行」「みんなの介護」・・・
「みんな」って、排除のないやわらかな集まりのようでいて、実は実態がつかみにくい。でも、「みんな」はひとりずつのつながり。そう実感できた一夜だった。
山口子ども文庫連が中心になって、ナチュラルグリーンパークで、巌谷小波文芸賞と山口県文化功労賞の受賞をお祝いする会が開かれたのだ。久しぶりに会う人たちも多く、顔を見るたび、思わずきゃーと飛び上がりたくなる。
梅光学院大学子ども未来学科の一期生たち、こども未来研究所を立ち上げたメンバーに会えたのは20年近くぶり。たくさんの絵本を抱え沖縄、大島、じゅの島、タイ、福島・・・と、回った仲間たちだ。
25年近く日本を離れイギリスで書道家として活動を続けてこられた美東町の友人も帰国して間もないのに、駆けつけてくれた。
山口県内の児童図書サービスの充実のためにさまざまな活動を続けてこられた方々も、県内の作家の仲間も、忙しい時間を縫って集まってくださった。
そして、先に逝ってしまわれた、大好きな児童文学の先輩たちも、応援団でいてくださった方々も、姿かたちこそ見えないが、そっと集まってきてくださっているような気がした。そんなおひとりずつの姿をながめ、屈託なく笑いあっている声を聴きながら、ひとりじゃなかったんだなぁ、いつの日もこうした自分ではない誰かが必ず傍らにいてくれて、そのおかげで「ひとりを生きる」ことができてきたんだなぁとつくづく思った。
なつかしいひとだけじゃない。あたりまえのように、そこに居続けてくれた、そして手を伸ばせば理由が何であれ、無条件にその手を結んでくれる友人がいて、わたしがわたしでいられたのだ。誰とも違う穴ぼこだらけの自分でも自分を見捨てず来られたのは、私とは違う愛おしい他者の存在のおかげだ、間違いなく。
こんなことをしみじみ思う機会って、若い時にはなかった。「みなさんのおかげです」は、お決まりのあいさつことばとしか考えていなかった。人に寄りかからず世間のあれこれに巻かれず色目を使わず、凛として生きていたいと思って歩いてきた。でも、齢を重ねると足腰は弱り、なにかに寄りかからずには己を支えられなくなってくる。無理にしゃんと背筋を伸ばそうとすると、激痛が走る。「いいじゃん、寄りかかれば。肩ぐらい貸すよ」と笑ってくれる若い世代が育っている。その頼もしさに甘えることも、世代を繋ぐ嬉しい結び目になるんじゃないかと、にぎやかな宴の中で考えた。
そうそう、会の中で、山陽小野田市立図書館で毎月一回続けてきたわいわい講座は370回を超えたとアナウンスがあった。ざっくり計算しても約30年。そりゃ、顔ぶれも更新され、話題になる児童書もずいぶん変わって当然だ。みんなの歴史は、一人ずつの思いがバトンを繋いでできあがっていくものなんだよなぁ。心から感謝です。ありがとう。
面白いことの一つも言えず気の利いた言葉も思いつかない私を、今回だけは許してね。
村中李衣
