エッセイを読む

2025年05月

カメさんがいる!

誰にも言えない痛みや傷つきを抱えている子どもたちに向けて弾力性のある自由な表現ノートをつくりたいと、もう2年以上模索を続けている。賛同してくださる絵描きさんや研究者の方々の協力を得て、ようやく形になりかけている。「~のために」はやめよう、大きなお世話だから。「乗り越える」も無理に乗り越えなくてもいいんじゃないの?などなど、議論は尽きない。

そんな中で、ゴールデンウィーク直前に、通っているこども園の年長さんクラスで、ワークの一つ《大きくなったらどんなカメさんになるのかなぁ?》をやってみた。ワークシートの絵は、こしだミカさん担当で、子ガメさんと、大人になった大ガメさんのコウラの輪郭だけが描かれていて、子どもたちはそこに自由に色や模様を描けるようになっている。

まずは、『アリのさんぽ』(架空社)をみんなで読みあった。圧倒的な画力で描かれていくアリの旅。「この道どこに続いているんやろう」という問い。答えを見つけるべく始めた旅の途中で出会う様々な生き物たちとのやりとり。昨今、甘やかで軽いタッチの作品が多い中で異彩を放つこの絵本に、子どもたちはみんな口をあんぐりと開け、どんどん心を奪われていく。読み終わると、しばらく、ほおっと放心状態。で、おもむろに問いかけてみる。「このアリさんみたいに、もしもみんながカメさんだったら、どんなたびをしながら大きくなるのかなぁ。知りたいなぁ。」

子どもたちは、ごく自然に、ワークシートを受け取り、子どものカメが旅をして大人のカメになっていく姿をカラーペンで描き始めた。でも中には、バタンと椅子から床に降りて寝そべり、あおむけになったまま、ずうっと部屋の中を泳ぎ続ける子ガメもいる。背中痛くない?ときくと、「コウラがあるから平気」。子ガメは、二周も部屋の中を泳ぎ回って、それから、やおら机につき今経験した自分の旅を描き始めた。こんな風に各自が自分の物語に入れたのは、やはり、絵本のいざないの力が大きかったのだと思う。無理やりおはなしの世界に引っ張り込むのではなく、絵本の中でアリがありのままに自分の旅を続けていく姿を見届けたから、その旅を見届けた子どもたちも、今度は自分の番だと受け入れられたんだろう。

見ていると、最初に、大人になったカメを存分に描ききることから始め、そのあと今ある自分=子ガメの姿を描けた子もいれば、逆に子どもである今の自分をしっかり描くことによって、想像のつかない未来をゆっくり手繰り寄せていく子もいた。ひらかれていく子どもたちの心に立ちあったのは、私や担任の先生だけでなく、『アリのさんぽ』という絵本でもあったことに気づかされた。全員が描き終わって、なんだか誇らしげに過ごす午後、廊下から「うあああ!」の叫び声。駆け寄ったこどもたちの輪の中で、園で飼っている3匹のカメのうちの一匹が、たらいの縁に足をかけ、信じられないほど首をぬぅ~っと伸ばしている。カ、カメの首がこんなに伸びるなんて・・・息をのんでいる私の周りで子どもたちは「のぞいてるよ~ 私たちの描いた絵をのぞいてるんだよぉ~。」「気になってるのかなぁ~」と大はしゃぎ。あまりのタイミングに、私も、そうかもしれないと思ったのでありました。

本が完成したら、たらいの中のカメさんだけじゃなく、皆様も、ぜひぜひご覧くださいね。

『アリのさんぽ』
こしだみか 作/架空社

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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