エッセイを読む

2025年04月

今日を取るか明日を取るか

春なのに、痛いはなしです。

話の発端は、一年前ドライフルーツの種ありプラムをガシッと噛んでしまい、前歯が欠けたことに始まる。大急ぎで大学から歩いて1 分の歯医者さんに修復してもらった。それが、1 年たって、ムズムズムズムズ。山口のかかりつけの歯医者さんに行くと、その歯の周辺が虫歯になっているという。ところがその治療が終わって一週間たっても二週間たっても、まだムズムズがとまらない。レントゲンを撮っても、もう虫歯らしきものはない。おかしい。その歯の中の神経は抜いてあるから、もう痛みはないはずなのに、ムズムズムズムズ。

ここから私の長いムズムズ戦が始まった。とうとう岡山で埋めてもらっていた歯を外してみると、埋めてあったボルトの不具合があったらしく、膿がじわじわと出てくる。これがすっかりなくなるまでホント、何回予約を取って何回あのひんやりした治療イスに座ったことか。で、新しい仮歯を作り、今度こそ念には念を入れて、中にガスがたまらないようになるまで、待つことになった。ところが、この仮歯が、何度も、ぽろりと落っこちてくるのである。鹿児島の講演会の途中でぽろり。ZOOM の途中でぽろり。家で焼きそばを食べていてぽろり。そして 4 回目、東京、大阪、京都、横浜・・・と移動を繰り返し、彦根で朝食の赤いこんにゃくを嚙んだとたん、またぽろり。やばいぞ。歯抜けのまま新しい絵本の読みあいを録音したらひゅーひゅー雑音が入りそう。急遽拝み倒して「お願い、一時間以内にはずれた歯をはめて頂戴ませませ」と泣きついた。きょうび、新患で予約もなく待たずに一時間以内に治療してくれ等あり得ない話だが、あり得た。願い通りに受け入れてくれた優しいやさしい駅前通りの歯医者さん。ところが、ドアを開けたら赤文字の張り紙。「院長は急病で診察できません。代わりの医師が担当します」。優しいやさしい歯科医院の優しいやさしい代行医は、どうやら、院長の息子さんのようだった。まるで風にそよぐハコベ草のような・・・私の前に治療を終えた患者さんに「お父さんによろしくな。あんたも、これからはいよいよ本腰を入れて気張らんとな。はよ一人前になるんやで」とはっぱをかけられていた。

「がんばります」と細い声で答える白衣のハコベ草。不安が募る。

しかし治療が始まると、緊急の事情を理解し「とにかく、なんとか、地元に帰るまで外れないように、隣の歯としっかりボンドで止めておきますね。これで大丈夫だと思います」。頼もしい言葉。焦っていた私は時間通り終えてもらったことに深く感謝。会場に直行した。

さて、おわかりだろうか。今日の日は何とかなったが、明日からの保証がなかった。

地元に戻ってみると、ボンドで、それもがっちり隣の歯とくっつけられた仮歯はもう、うんともすんとも動かない。これ以上無理やりはがすと、歯が割れるかもと、かかりつけのお医者さんは頭を抱えた。(そういうけど、違う方法でもっとしっかり止めてくれてなかったセンセイも問題アリじゃない?)とは、さすがに言えず、開いた口が塞がらない。

ピンチが訪れると、「とにかく今この事態をなんとかしてくれ!」と見境なく救済を要求してしまうが、救われた後に続く自分の道のりを自分の頭で考えなければならないと思い知らされた。で、まだ仮歯はお隣さんとくっついている。別れの季節は過ぎたというのにな。

村中李衣

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村中李衣プロフィール

1958年山口県に生まれる。
大学、大学院で心理学、児童文学を学び
就職先の大学病院で
小児病棟にいる子どもたちと出会う。
以後、絵本を読みあう関係が続く。
現在、ノートルダム清心女子大学教授、児童文学作家。

*著書*
[子どもと絵本を読みあおう](ぶどう社)
[お年寄りと絵本を読みあう](ぶどう社)
[絵本の読みあいからみえてくるもの](ぶどう社)
[こころのほつれ,なお屋さん。](クレヨンハウス)
[おねいちゃん](理論社 :野間児童文芸賞受賞:)
[うんこ日記](BL出版)

ひろば通信、こどもの広場HPで
エッセイ 『りえさんの「あそぼうやー」』連載中

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

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