桜島の火山灰に過剰に反応してしまったわが咽喉、ひどいアレルギーに苦しむこととなった。今までしたことのない咳と痰で、声が出る出ないの前に息をするのがそもそも苦しい。
病院であれやこれやの薬を処方され、その処方箋を握りしめて薬局を訪れると、出てきた白衣の眼鏡婦人は、まず私の姿を上から下まで眺め「はい、ここ。ここにすわって」と、大きな声で「ここ」と言いながら、机の一か所をぱんぱん、ぱんぱん、と2度叩いて見せた。そのしぐさと声の調子は、「はい、ポチ、ここ、ここにおすわり」という指示そのものだった。そうか、ポチもいつもこんな屈辱的な気持ちだったんだ、とわかった。
憤慨している私に気づく風もなく、差し出した処方箋を睨み、「まあ、いろいろ出てるわねえ。今回はどうされたんですか?」と問うてきた。どうされたのかって・・・いままたそれをここで言わなきゃいけません?という声も出ず、ポチは眼鏡婦人に哀れな目を向けるしかできない。すると「あら、風邪ですか?」。だまっていると「風邪じゃなさそうですねぇ」。しかたなく「桜島の中学校を訪れているときに・・・」と言いかけたが、もう苦しくてそれどころじゃない。「しゃべるのがきついです!」と、しなびた白菜みたいに告げると「まぁ、どうしてそんなことになったんですか?」と前のめりに食い下がってくる。心が撥ねつけられるとはこのことかと思った。薬品の安全管理のためにも処方箋の情報確認は必要だと思うが、その質問に心はありますか?と聞きたくなるようなやりとりが、私の住む町ではしょっちゅう繰り返されている。信頼関係を結ぶためのコミュニケーションとは、何でもかんでも問い詰めることではない。こういうと、「まぁ、問い詰めるだなんてそんな」と眼鏡婦人は憤慨するだろう。でも、どの瞬間にも、どの言葉の中にも、彼女が私の痛みをいっしょに背負おうとする気配はなかったように思う。ひとには、何かしてほしい時とそっとしておいてほしい時がある。薬局の人にしかできないサポートは、おせっかいな好奇心でなく、今この瞬間の、目の前にいる痛んだ人との痛みの分かち合いであってほしい。
さて、のどの痛みはいつの間にか歯の痛みへと移行していった。痛みはどんどんエスカレートしていく。とうとう旅先の函館で深夜午前2時に我慢しきれずフロントに出向いた。
「鎮痛剤ありませんか?」とやっとの思いでたずねると、フロント眼鏡紳士の独断場。「歳を取って旅に出るときは鎮痛剤の一つや二つ、カバンに忍ばせておくものですよ」「はい、わかりました。くすりは・・・」「そもそも、高齢者というものはですね、」「はい、ですから、くすりは・・・」夜中にパジャマ姿でかけつけたものだから、底冷えのするフロント前で心も身体も凍えていく。長いお説教の後、やっと痛み止めの常備薬2丸を渡してもらえた。わがままではありますが、いけないのはもちろん私でございますが、でもでも、もうちょっと早く飲ませてもらえてたら、コップにお水なんて入れていっしょに渡してくれてたら、お説教もどれだけ有難いものになったことか。
言葉を交わすことで、お互いが相手の心にそっとすまわせてもらうような、しみじみしたコミュニケーションを育てていきたいもんだ。どんどんそれは難しくなってきているけれど、相手を突き刺す針のような言葉だけでは、ひととひとは繋がれないからね。
村中李衣
