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2025年04月

く せ

洗い物しながらグラスをひっくり返して綺麗かどうか確かめる。何かがついていないか?茶碗は逆に手で撫でて綺麗か!?花が咲いているとつい中を覗く。雌蕊と雄蕊のつき方を確認。もう今更やめられません。

癖と言うものは良いにしろ悪いにしろ、人それぞれがいつからか繰り返しやってしまうものなのです。小学生の頃、自分の鼻くそを舐めてる男の子がいたなあーと思い出しました。「やめなさい」って言ったら、「体調管理!」って??わけわからん。でもこれも実は良い癖だったかも。

抱っこされた赤ちゃんが、唇のそばにあるだっこひもの端っこをちゅうちゅうしている。別の赤ちゃんは自分の指を舐め舐めしている。その時の唇や指先の感覚を自分の内側に蓄えていってるのでしょう。産まれてすぐから自分という唯一無二の存在の外の感覚も内の気持ちも試しながら成長していくのが人間なのでしょう。

「癖」という言葉を調べてみると、「偏って普通ではない仕方を繰り返してついた習慣」だそうですが、なんだかこれだと「癖」は良くない感じ。

今生きている私たち。だれ一人として同じ人はいない。当たり前なのですがそのことを大切にするより、みんなが一緒に同じことをするという社会の方向が優先されている世の中になってきたような気がします。悪い癖はあっても個人個人の良い癖というのはあまり認められていないようです。

わからないとわかるまで質問して学校を辞めてしまったエジソン。学校嫌いのベーブルース。言葉がうまくしゃべれなかったアインシュタイン。だれもが知っている「偉人」と言われる人たちの子ども時代を知ると、自分の持っているちょっとマイナスの部分を、これならできるというプラスの方に開花させています。

私はもう今更!ですが、皆さんは自分の持っている大事な「癖」を花開かせてください。

横山眞佐子

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