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2021年04月

育てる

今日の夕食は豚の生姜焼きにしよう!と思った途端に、幸せそうな子ブタとおじいさんの顔写真の絵本の表紙が浮かぶ。

今や学校現場では「食育」という言葉が当然のように使われて「いただきます」や「ごちそうさま」は作ってくれた人へだけではなく、食べ物となった命への感謝ともいわれている。生活が変わり、豚も牛も魚も生きているものに出会わないまま、食品としてしか知らない人も沢山いる。「うんうん」「そうそう」と思いつつ自分でもそんな生身の経験は数回しかない。香川県で養豚業を営む上村さんはいずれ肉になる子ブタたちを精一杯愛おしみながら育てている。でもある日このブタは運􏰂れて行く。私たちは頭ではわかっていてもこの生姜焼きの一番初めを知らない。周りを見回すと、たくさんの「物」に囲まれてそれが当然のように毎日を送っているけれど、それが私の傍に来るまでのことを知らない。

『ここに一冊の本がある。「こどもの広場」で買った本。娘がお気に入りでもう何回読んだかなあ!読み終わった途端にまた表紙に戻って「もう一回!」だから。』

子どもの本ってそうやって何回も繰り返し読むからその子の中に育つものがある。この大切な一冊がこの子の手元に来るまでの道のりは?などとちょっと考えて欲しい。作家、画家、編集者、出版社、製紙会社、印刷屋、製本者、運送屋、本屋・・・。沢山の人の関わりなくしてはこの一冊を手にすることはできない。あっという間にITの時代になってしまった。先日ある記事を見て驚いた。電子書籍の貸し出しを始めた公立図書館が増えつつあると。普通の本のように無料で借りられる。しかもネットなので図書館にも出向かなくていい。簡単便利、お得!と思ったけれど、ちょっと待って。これからパソコン時代になって行くのは止めようがないかもしれないけれど、便利と思ってした事が、新しい物を生み出そうとする人たちやそれを支えている人達の存在もその場所も無くしてしまってはいないか?

笑っているような子ブタとお昼寝をしている上村さんが育て手渡してくれた命と、本になるまで育ててくれた沢山の人から手渡される一冊と、どちらも誰かを健やかに育てたいのだ。

どうか皆さん、本もお肉も新鮮なものを召し上がれ!

『ブタとともに』 青幻舎 著者:山地としてる

横山眞佐子

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