エッセイを読む

2018年10月

凄い

 夕暮れの時間、車で町を走っていたら向かいの道路を自転車が走っていた。前に小さな人を乗せ、後ろの座席に小学生らしい子を座らせ、そして自分の背中にはもう一人の赤ちゃんをおんぶして、チョットヨロヨロしている。信号で止まる。スピードを失いそのお母さんは両足をついて、自転車を支えるけど、前も後ろも背中も子供達の動きで不安定。それでも恐れる様子もなく、一生懸命に家路を急ぐ。

 無茶と思うか、凄いと思うか?

 鹿島和夫さんは先生。「一年一組先生あのね」という子どもの詩と自分の教室の子どもの情景を写真で撮って一冊の本にした。その子どもたちの言葉の深さに私たちは感動し、一枚の写真に写し取られている子どもの真剣な美しさに鹿島さんの子どもへの眼差しの温かさを知った。その鹿島さんの本に一年生の男の子こうちゃんの毎日を撮ったものがありる。「ごんたくれ」と言われる、ひょうきんもので、やんちゃ坊主で、天真爛漫の様子が笑えるのだけど、その中の一枚。酸で書いたものを熱で浮きださせる「あぶりだし」の実験をしている時、レモン汁を使って書いたがうまく浮き出てこない。焦って電熱器に紙をペッタリくっつけたとたんに火が!メラメラ燃える紙。周りの子ども達はなんだ、なんだ!と好奇心で見ているけれど、当事者のこうちゃん日頃のやんちゃ顔は鳴りをひそめ驚きと恐怖に向き合った真剣な表情。ちょっぴり火傷したこうちゃんの手当てしながら先生が「いつも悪さしとるから、バチが当たったんや」というと「悪さ違う。紙は燃えるかっていう実験して勉強しとったんや」ともとのごんたくれに戻ったこうちゃん。

 無茶と思うか、凄いと思うか?

 今なら、こんな危険な実験して!と非難されるだろうか?しかし子どもにとって命がけといってもいい一瞬を体験させることは、その後のこうちゃんの人生に「世の中には怖いことがある」という大切な事を感じとらせることにはなるまいか?傍に安全を見守る人がいて、一歩前に出る。そんな体験をさせて欲しい。

 5歳くらいの男の子と父さんを公園で見かけた。太鼓橋みたいになっているジャングルジムを四つん這いになってソロソロ渡っている子どもを下から見上げているお父さん。心配しながらエールを送っているように見えた。自転車のお母さんにもエールを送りたいが、お母さんが危険を承知で一人で頑張り過ぎなくてよい社会になることの方が大切なのではないか。

横山眞佐子

いままでのエッセイを見る

バックナンバー

毎月のエッセイは
ひろば通信に掲載されています

ひろば通信には新刊の情報やこころがほっこりするエッセイが盛り沢山!