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2019年11月

音楽

 友人のマンドリンのコンサートに行かせてもらった。下関で30年以上もみんなで切磋琢磨してきた人たちだ。後半演奏曲目が「パリは燃えているか」。NHKの映像の世紀という番組で何度聴いたことか。第二次世界大戦末期、追い詰められたドイツ軍。ヒトラーはパリを壊滅しろと命令を出す。そして撤退しながらも「パリは燃えているか?」という問いかけを部下にする。

 私たちは過去のことを忘れやすい。自分の身に降りかかったことでなければなおさらだ。ましてや生まれていなかったり遠い別の国のことであったりしたら関心は薄れていく。私も忘れていた。この音楽を聴くまでは。1989年11月9日ベルリンに築かれていた東西ドイツを政治的にも日常的にも分断していた壁が崩壊したことを。検問所の柵が開きっぱなしになり、抱き合ったり歌ったりしている人たちの映像がテレビに映し出され、長く行き来出来なかった親族友人と当たり前に暮らせるようになることの、自由ということの喜びが伝わってきた。これで東西に分かれていたドイツが一緒になる。しかし実際はそう簡単なものではなく、それまでのありとあらゆる違いを縮めて行かなくてはならない。そして思い出す。

 1992年、そのベルリンに仕事で行った事を。ドイツが統一されて2年。誰もが知っているグリム童話。グリム兄弟の活動の中で作られた「子どもと家庭のメルヒェン集」についての調査に元東側にあったドイツ国会図書館を訪ねた時の館長さんのすがすがしい有りようが忘れられない。グリムの初版本から木版画、石版画などの挿絵などを見せてもらい、日本での展覧会を約束する。重厚な建物、収蔵庫、カゴのようなエレベーター。外に出ると、道路にはまだまだ東ドイツの古い車しか走っていない。その時出会った人たちの皆晴れやかな感じが浮かぶ。今年壁がなくなって30年目を迎えた。

 音楽はさまざまな記憶を蘇らせる。帰路に立ち寄ったカフェで今のコンサートで一緒でしたねと声をかけられた方が、数日後長崎に行くと話された。「私は原爆の日10歳でした。従姉妹は火傷で死にました。ローマ法皇に会いに」。音楽は分断ではなく繋ぐ。

横山眞佐子

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