人の一生は思い出でできている!幸せだった事も、忘れてしまいたいほど嫌だった事も。時を経ていくうちにそれは大きくなったり小さくなったり、重くなったり軽くなったりしながら降り積もっていく。
先日、台所が雨漏りでびしょ濡れに。屋根の点検のために来てくれた方が立てかけた梯子が私のオテンバ心を掻き立てる。もうそんな年ではないと理性ではわかっているけど、やっぱり足をかけてしまう。登って瓦の屋根を見た時、急に小学校時代仲良しだったみどりちゃんと、そこから関門海峡を行き来する船を眺めた事を思い出した。怖いなんてひとつも思っていなかったけど、今見れば下は20メートルを超す崖。一緒に登った数々の木。ままごとのため家から持ち出したマッチ箱のお洒落なバーの宣伝文句。みどりちゃんの家にいた白髪の優しいおばあちゃん。そして、羨ましくてみどりちゃんのおもちゃを隠して大泣きされた事。その後、普段怒らない父が「人のものを勝手にとるのはドロボーの始まりだ!」と声を荒げ、私も一生ドロボーだけはするまいと心に誓った事まで思い出した。一つの思い出が何十年も前に私を連れ戻し、今の私を作っているのだと再確認。時が過ぎ、こんなちっぽけな私の中に降り積もっている、一つ一つの良いも悪いも全ての思い出が自分なのだと、怖くもあり嬉しくもある。
先日会った、生まれて2ヶ月半の赤ちゃん。乳母車の中で暖かく包まれて、でも目はぱっちり。思わずこちらも笑顔になり、「いらっしゃい!はじめまして!」と声をかけると、ジッっと目と目をあわせていた赤ちゃんがニッコリ。さらに話しかけると手や足がバタバタ。「わかっているよ、おばさん!大丈夫!」見るもの聞くもの全てまだちょっぴりしか経験していないのに、私の声かけを全部受け止めて、最高の方法で返してくれる。ヒトとして大事なコミュニケーション力がすでに発揮されている。自分の中に沢山の経験を持っているはずの私より一枚上手の器の大きさ。やられました!
私たちこれから、身近にいる自分より若いヒトにどんな今日をプレゼントできるのでしょう。
横山眞佐子