今日はプラゴミの回収日でした。集積場に行くと、昨日の生ゴミの量より袋数が多いような気がします。私が子どもの頃にはこんなタイプのゴミはなかったし、ゴミの量が少なかったかも。
今では小中学校での給食が当たり前になっていますが、そもそも給食という物は食事も十分に取れない人たちがいる明治時代から始まったようです。どんな子どもも教育が受けられ、空腹が満たされる、、育つという事の一番根底かもしれません。それから何度も戦争があり、さまざまな変化が生活の中に起きます。戦後すぐ生まれの私が小学校に入った頃、給食には栄養の事を考えて白いミルクがありました。私たちは牛乳だと思っていましたが、アルミの器に配られるその飲み物のまずかった事!(これは私の感想です)たまにこれがコーヒー牛乳になる時にはみんな大喜び。
運動会の障害物競走に大きな丸い樽のような物の中をくぐり抜ける、というのがありました。這い込んだ途端に、給食の不味いミルクの匂い!後で知るのですが、戦後の子ども達の栄養不足を補うために、アメリカから脱脂粉乳の補助を受けていたとか。その粉乳が入っていた樽だったのかも。牛乳、バター、チーズが普通にある生活なんて、当時は考えられませんでした。だから捨てるものも本当に少なかったかもしれません。
大学時代、今までやった事が無いくせに農学を専攻しました。生まれて初めてのヤギの飼育、畑の手入れや収穫。中でもヤギの搾乳は大変でした。そして絞ったヤギ乳を煮沸し、瓶に入れ、登校してくる生徒に1本 10 円ほどで販売。食べることもままならない貧しい学生生活を送っている仲間に少しでも栄養を、という気持ちとヤギ乳の美味しさを知ってもらいたいとの思い。ヤギは毎日構内の様々な場所で雑草を食べてくれ、私たちの栄養補給もしてくれる。ヤギのフンは畑に埋めて野菜の栄養に。ほとんどゴミが出ない、生命が循環する生活を身をもって体験した時代でした。世界中を見渡しながら今日の私、何を捨てたかチェックしてみます。
横山眞佐子
