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2025年11月

みんな違う

ビニール袋に入れて冷蔵庫に貼り付けていた、何かわからない黒い小さなタネをこんな時期に!と思いながら植木鉢に押し込んでみました。日当たりの良い窓際に置いていたら次々と芽を出し始めました。よく見たら芽の出し方がみんな違う。早々と芽を出したもの、数日遅れて隅っこから芽を出したもの、みんな争うように陽の差す方に向いていますが、それぞれに開き始めた葉の大きさも茎の長さもみんな違います。

これ何だったかな?一本抜いて食べてみました。菜の花かな?・・・思い出しました!昨年、苗を買って猫の額ほどの花壇兼畑に植えて、時々葉っぱを取ってはお味噌汁に入れたり。でも最後はどんどん大きく、固くなり1 メートル程にも伸びてタネをつけました。そのうちまた、私に菜の花を提供してくれるかなあ。

植物は花を咲かせタネを作り、それをまた撒いて次に命を繋いでいく。タンポポは、風で綿毛を飛ばし道路脇の隙間で花を咲かせ、鳥や哺乳類に食べられた果実は、後日フンの中に入ってどこかに落とされることになります。それらのタネがどこかいい場所に辿り着いた時、また新たな命が芽生えます。でも、よく見ると芽生えの形、大きさ、育ち方、みんな違うのです。

知人の家で生まれた3匹のネコの赤ちゃんは、あっという間に違う模様の毛が生えてきました。双子の兄弟も、生まれた時はとても似ているようでしたが、大きくなっていくにつれて、どんどん違うところが増えていく。

見渡してみたら、世界には、生きているもので全く同じものはひとつとしてありません。「私」という存在は唯一無二。たとえ、一卵性双生児として同じ遺伝子を持って生まれてきても、取り巻く環境や、時の過ごし方でどんどん個としての成長を遂げるのでしょう。

「平等」という言葉。一歩間違うと「個」としての尊厳を後回しにしてしまうのではないでしょうか。現代は「決まり」や「規則」を守ることが優先され、みんなが一斉に同じことをすることが求められがち。「きをつけ!」「れい!」号令を守る。振り返ってみたら、子ども時代も私を含めて何人もこれが苦手な友達がいました。

まずは違いを認めて、それから一緒に楽しいことを見つけましょう。

横山眞佐子

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