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2025年03月

美味しいものを食べる

台所で人参を洗い、ピーラーで皮を剥き、ジャガイモと煮物にしようと切りながら、一番テッペンの葉付け根まで来た時、普通そこは切り落とす。しかし私はついその葉付け根もピラピラ皮も取っておく。次の朝お味噌汁の具に入れるため。えー!ってビックリ?でも実は大根でもさつまいもでも皮と実の間が一番美味しいです。

戦後すぐの子ども時代、食料品はご近所で取れる野菜、魚、卵だった頃。食べ物は大事にしなさいと教えられました。両親の過ごした戦争中には本当に食べるものもなかったからです。今ではスーパーに行けばありとあらゆる食材が並んでいる。産地をみると世界中。今私が食べている美味しいアンコの入ったお饅頭の小麦粉も砂糖も、もしかしたら遠くの国で作られたものかも。そしていつ頃からか、「賞味期限」と言うものがつくようになりました。口に入るものだから、安心安全が大切。しかも大きなスーパーの棚に並んでいるものは、対面でお店の人から「これは早めに食べてね」なんてアドバイスはもらえません。自分でついている期限を確かめ、それを過ぎて何かあったらそれは自己責任と言われますね。

学校帰り、道端で咲いている菜の花の、まだ蕾の脇芽をかじって味を確かめ、摘んで帰ってその日のお汁に入れてもらったり、ピーピーマメと言っていたカラスノエンドウの出たばかりの新芽が甘い事を知っていたり、蓬はお餅の中のは好きだけど、生で食べても美味しいと思えなかった事など思い出します。

現代は誰もが安心して衣食住が保てる社会になったはず。でもそうでしょうか?まだ充分食べられるのに、期限を1日過ぎただけで、廃棄される食べ物が沢山ある一方、今日の食事もままならない人もいます。

ヤギのミルクを貰いに結構遠くまで出かけたこと。お鍋を持って豆腐を買いに行き、転んでグチャグチャにしてしまい泣いて帰ったこと。家庭にいた卵を生んでいた鶏を飼い犬が食い殺したこと。食べることと暮らしに一体感のあった時代は過ぎ去ったのでしょうか?

今日も蕗のとうが昨日より伸びて、早く食べなくては!と焦っている私。

横山眞佐子

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